第二章(6)

 俺が窓から飛び出した瞬間、部屋が爆発した。


 地上から十メートル以上の高さに放り込まれる。このまま落下すれば死ぬか、そうでなくても重傷を負って敵に捕まる。


 俺はすかさずワイヤーガンを取り出し、屋上へ向けて射出した。先端の機器が屋上近くに引っ付くと同時に、爆風が俺に襲い掛かる。俺はその衝撃に逆らわなかった。


 先端の機器がしっかりと固定されているかを確認していないけど、そもそもその必要はない。屋上を中心に振り子のように上昇して、その勢いで研究所の敷地を囲う壁を飛び越えようとしたからだ。


 十分な高さと勢いがつくと俺は先端の機器の固定を解き、ワイヤーを巻き取った。そのまま空中へ投げ出される。壁を余裕で飛び越えられたけど、問題はここからだ。

 当たり前だが街中の地面は、撮影の時のように柔らかい素材で作られていない。このまま落ちれば無事では済まない。俺はワイヤーガンを捨て、腰につけていた斥力発生装置を取り出して、それを落下地点に投げた。


 装置が地面に着いたその時、俺は強く空へ引っ張られるような力を感じた。そのまま速度を落としつつ、横向きに転がりながら地面に着地する。本当に無傷で済んでよかった。


 着地してから、左手の異変に気付く。文後から奪取した文書が燃えているのだ。爆発時の火に触れてしまったらしい。すぐに火を消したけど、半分くらいが焼失してしまった。


 とにかくここから立ち去ろうと、俺はワイヤーガンと斥力発生装置を回収する。幸い周りに人はいないけど、爆発を知って人が集まるかもしれない。

 そこで一台のバンが急に来て、俺の横に止まった。


「乗れ!」


 新が後ろから顔を出して叫ぶ。俺は持ち物をバンに投げ入れ、バックドアからバンに入る。ドアが閉められてバンが発進したところで俺はマスクを取った。


「解析結果は手に入れ……」


 新が言い終える前に、新の胸倉を掴む。


「なぜ殺した?」


 いくら毒で死ぬといっても撃ち殺すことはなかったはずだ。まだ文後を助ける道はあったはずだ。そう思いたかった。


「あいつはお前さんの名前を仲間に知らせようとしていた。お前さんのことはまだ奴らに知られるわけにはいかない。だから殺した」


 分かっている。俺達は文後のためではなく、世界の未来のために戦っている。文後がその障害となるのならば排除しなければならないことなど言われるまでもない。


「すまない。その通りだ」


 俺は新を解放する。文後を救うことができなかったことに対する、ただの八つ当たりだった。我ながら情けない。

 新も殺したくはなかったのだろう。顔に悔しさが滲んでいた。


「お前さんの友人を殺したことについては申し訳ないと思っている。けど、これだけは分かってくれ」


 新も同じなのだ。さっき俺が文後に言われたことをずっと噛みしめている。俺が感じ始めたことを、新はもっと以前から思い続けているのだろう。


「【巻き戻り】を阻止するということは、存在するものが消えていくことを意味する。御荘院文後みしょういんぶんごもそう言いたかったんじゃないか。俺達は未来を掴み取るために、いろんなものを消していくんだ」


 新に言われるまでもなく、痛いほど感じている。文後の命を絶たせてしまったことだけではない。小説という文化が、多くの人が価値を認めているものが、いずれ消えていくことを俺達は拒んだ。


「それでも未来を消したくない」


 たとえ今生きている人々や過去の人々の想いを踏みにじったとしても、これから生まれ進化していく人類の想いを犠牲にしたくない。


「そうだな。御荘院文後の死を無駄にしないためにも、俺達は前に進もう」


 俺は頷いた。せめて消してしまったものに対して失礼のないような未来を作りたい。しかしそのために手に入れた【前宇宙の遺産】の解析結果に関する文書は大半が灰になってしまった。


「まだ読めるところはある。これで十分な情報が集まるだろうか」


 そう呟きながら俺は文書に目を向ける。そして、それに書かれた名前の一つを見て、驚愕を抑えることはできなかった。


城育留成じょういくひさなり……だと……」


 俺の声を聞いて、運転している徹也が声を上げる。


「冗談だろ……。あいつまでリウァインダーの一味かよ」


 新だけが状況を掴めず呑気にこんなことを訊く。


「誰だよ? その城育留成って。有名人なのか?」


 よく考えてみれば、新が知らないのも無理はない。たまにメディアで取り上げられるくらいで、表舞台にはめったに出てこないような人物だ。とはいえ、特定の分野では知らない人はいない程の超有名人だ。


「【終末の世代】で最も期待されているアンドロイド研究者だ。彼のおかげでアンドロイドの研究が今でもかなり進んでいる。世界が老人だらけになってもアンドロイドでインフラを整備させられる可能性が高いのは彼がいるからだと言われている」


 俺が説明すると、新は感心したようにこう言い返す。


「研究なんて無縁だろうによく知っているな。仕事柄アンドロイドとよく……なるほど、そういうことか」

「ああ、そういうことだ。彼も映画関係者だな」


 留成はアンドロイド技師として映画に協力していることが多い。現在俺が参加している新作映画もそうだ。俺や徹也は撮影現場でよく話している。


 その留成がリウァインダーの一員だという事実は衝撃的だったが、皮肉にも俺達にとっては都合の良い話だ。


「そろそろガンアクションの撮影が本格的に始まる。留成との打ち合わせも増える。俺はアンドロイドに触れる機会が多くなる」

「末星。また、お前さんに負担をかけることになるな」


 新はそう言うが、俺としてはどうでもいい。今は俺自身の意思で【巻き戻り】を阻止しようとしている。そのためなら俺は何でもするつもりだ。それに、むしろ今度は俺が新達に迷惑を掛けることになるかもしれない。


「新、まさか忘れたわけじゃないよな。俺が君に協力するといった最初の理由」

「ああ、ちゃんと覚えているぜ。お前さんを未来の死から守ることだろ」

「俺が死ぬのは、そのガンアクションシーンの撮影時だ」


 守ってもらうために必要な情報を伝えたまでだと俺は思っていたのだけど、新はどこか嬉しそうに微笑む。


「やっと話してくれたな」


 そう言われればそうだ。俺は新のことをあまり信用していなかった。しかしいつの間にか、共に未来を掴み取る仲間として認めていた。だから俺は未来視のことを素直に話せたのだろう。


「分かった。城育留成が怪しいと分かった以上、まず奴を確保する。お前さんは城育を上手く誘い出してくれ」


 俺がアンドロイドによって撮影中に殺されるというのなら、その前にアンドロイドの作成者である留成を捕まえればいい。それが最も安全な解決策だ。しかし俺は新の提案を拒否した。


「いや、撮影は予定通りに行う。その上で留成がリウァインダーの一員だという証拠を掴む」

「いいのか? 死ぬかもしれないんだぞ」


 新の言葉に俺は笑ってしまった。


「俺が今さっきまで何をしてきたのか忘れたのか?」


 俺は命懸けで研究所に忍び込み、爆発から逃げ出した。未来のために命を懸ける覚悟なら既にできている。


「分かった分かった。俺が悪かったよ。それで、勝算はあるのか? 本当に城育がお前さんを殺そうとしているとなると、お前さんはアンドロイドに勝たなければいけないんだぞ」


 いくら新達のサポートがあるとはいえ、アンドロイドに狙われた際には、俺はある程度自力でアンドロイドの相手をしなければならない。新は絶望的な風に言うが、俺はそう悲観に思っていない。


「アンドロイドの相手は俺がよく分かっている」


 それに撮影日までまだ時間はある。それまでアンドロイドとの訓練は何度も重ねることになっている。


「まだ人間がアンドロイドに負けるのは早いさ」


 究極のアクションスターとして、進化の可能性をまだ機械に譲るわけにはいかない。

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