第二章(5)

 俺は文後に注意を向けつつも、室内を確認する。やはり人が通れる程度の大きさの窓が一つあった。脱出に使えそうだ。それだけ把握してから文後と向かい合う。


「クソッ……。末星、どうして……?」

「叫んだり、妙な真似をしたら撃つ」


 銃の扱いならば慣れている。銃の訓練はいくつも積んでいるし、ガンアクションの映画の撮影では、実銃でアンドロイドを撃っている。この距離で銃弾を外すわけがない。文後もそれを分かっているだろう。


 そのまま文後を拘束しようとしたが、俺は一旦止まった。文後はナイフを取り出しており、それを俺ではなく自分の胸に向けている。そして大きな声ではないが、俺にしっかりと聞こえるように言う。


「君も撃ってみろ。それはゴム弾だから撃たれてもしばらく動ける。その間に僕は自分の心臓を刺す。僕の心臓が止まれば、爆弾が作動してこの部屋は爆破される」


 政府や他の敵対勢力が襲撃に来ることを予想していたのだろう。それにしては派手過ぎる。しっかりと見る余裕はないが、これが【前宇宙の遺産】の解析結果で間違いないだろう。


「文後。【前宇宙の遺産】って何だ?」

「黙れ。君にだけは知られるわけにはいかない」


 俺に深い関わりがあると白状しているようなものだ。とはいえこのままでは教えてくれそうもない。どう切り出せばいいのか考えている時、新から通信が来た。


『末星、どうした? こちらからは何も見えないぞ』

「書庫の隣にある部屋で、文後にゴム弾の銃を向けている。けど彼は自分の胸にナイフを当てている。彼の心臓が止まれば、この部屋は爆発するらしい」

『了解した。窓の方に誘導してくれ』


 俺は口では答えなかったが、新の指示通りに動く。文後を回り込むように進み、彼を窓際に追い詰めようとする。文後は少しだけ動いたが、すぐに足を止めた。


「寄るな。僕は本気だぞ」


 これ以上は文後を動かせないと判断して、俺も足を止める。とはいえ文後は窓に近くまで動いてくれた。新からの通信が入る。


『御荘院文後の姿を確認した。しかし頭しか見えない。隙があればナイフを撃ち落とす。三人もこちらに向かっているから時間を稼いでくれ』


 新にそう指示されなくても俺はそうするつもりだ。文後に銃を向けつつ話しかける。


「文後。少し話がしたい」


 このまま文後と話さないまま終わらせたくない。できることならば文後を傷つけたくない。【巻き戻り】を阻止することに協力してほしい。

 先手を打つように文後が言う。


「言っておくが、君達に協力するつもりはない。僕は【巻き戻り】を望んでいる」


 分かっていたことだ。文後は巻き戻りを強く望んでいる。小説という文化を残すために【巻き戻り】を推進しようとしている。だからと言って俺も引き下がるわけにはいかない。


「けど、世界が巻き戻れば小説の未来はそこで終わる。君はそれでいいのか?」


 小説であれ何であれ、人類の進化を止めないために、俺はここにいる。文後だって本当は小説のさらなる進化を望んでいるはずだ。


「君は究極のアクションを目指していると言っていたな」

「そうだ。それが俺の責務だ」

「俺にも責務がある。小説という文化を消さないという責務だ」


 それは分かっているつもりだ。文後は今でも【終末の世代】の小説家として生きている。おそらく現代の世界で一番、小説を愛している。


「だからそれをなくさないように……」

「まだ分からないのか」


 文後は今にも怒りを爆発させてしまいそうな形相ぎょうそうをしながら、かろうじて小さく抑えたような声で言う。


「消えるんだよ。このままだと、どうあがいても」


 ようやく文後が何を言いたいのかが分かった。いや、撮影現場で話した時から察してはいたけど、それは認めたくないことだった。


「小説はもう絶滅寸前だ。将来ヒット作家になると言われていた俺ですらこのざまだ。あらゆる題材、表現、技法が使いつくされた。それに今では映像作品の技術が飛躍的に上昇している。文字だけの物語の価値なんてもう無いに等しい」


 そんなことはないと言ってやりたかった。しかし俺は紙の本で小説を読んだことはないと言ってしまっている。小説が大衆に読まれていた時代はとうに終わっていることを肌身で感じている。小説はまだ人気があると言ってしまえば、それはもはや小説に対すると冒涜ぼうとくとなってしまう。


「君が愛するアクション映画だって、いずれ消える。俳優、特にアクション俳優はそのうちアンドロイドに立場を奪われるだろう。【巻き戻り】がなくったって、いずれはそうなっていたさ」


 文後の言う通りだと俺も思う。技術が進化していくにつれて、映画の在り方も変わっていく。アンドロイドの技術が発展したことにより、難しく危険なアクションは人間に任せる必要がなくなった。


 そう。人間が必要なくなることが増えていくのだ。俺はまだアンドロイドよりも高いレベルのアクションができるので映画に出ることができるが、アンドロイドの技術がさらに向上すれば、俺ですら必要なくなってしまうかもしれない。

 もちろんそれだけではない。


「【巻き戻り】がなければ、映画だっていつかは消えていたかもしれないだろ。そうして進化していき、古い文化は消えていくんだ」


 お前達がやろうとしていることはこういうことだ。そんな怨念を吐き捨てるように、文後はゆっくりと言葉に出した。


「人類は進化することで、段々と消えていくんだ」


 新しいものを生み出すということは古いものを殺すということだ。究極のアクションを目指し、新しさを追求している俺もなんとなく感じている。


「世界が巻き戻れば、小説が永遠になくならずに済む」


 文後の気持ちは痛いほど分かる。俺だってアクション映画が亡くなる未来を想像したくない。たとえ自分がアクション俳優を引退したとしても、そして死んだ後でも、アクション映画はずっと続いてほしい。

 しかし永遠に消えないものなんてない。ずっと生き残らせる方法があるとすれば、時間を戻し続けることだろう。


「いつかはこうなるべきなんだ。僕達の世界を失わないためにも」


 そして文後は片手で自分の胸にナイフを当てながら、もう片方の手を俺の方に伸ばしてきた。


「君もこちら側に来い。そしたら僕が君の処遇を変えられるかもしれない。ここに来たということは、命を狙われていると分かっているんだろ?」


【巻き戻り】に協力すれば、俺もアクション映画という文化を守れるのかもしれない。それはやはり、俺にとっても甘い誘惑だ。


「究極のアクション映画を作るんだろ。俺も素晴らしいことだと思っている。それは本心だ。君が究極になって、それで世界が巻き戻れば、君はずっと究極のアクションスターだ。それでいいじゃないか」

「駄目だ」


 俺は即答した。確かに文後の提案には魅かれるものがある。俺にとっては得しかない話だろう。しかしアクション映画にとってもそうだとは限らない。むしろアクション映画界が得られるはずのものを消し去ってしまうことになる。


「そんなの駄目だ。それは進化を否定することになる」


 俺は自分のことよりも、アクション映画が好きだ。だからその未来を壊すことをしたくはない。銃を強調して文後にもう一度言う。


「文後。投降してくれ。悪いようにはしないから」

「そうか……。もう話し合う余地はないということだな」


 そう言って、文後はナイフを振り上げた。


「小説よ。また逢う日まで」


 俺は銃を撃とうとしたが、その前に文後の腕が弾かれ、ナイフが落ちた。新が外から銃を撃ったのだ。サイレンサー付きの銃のようで、窓が割れる音がしたが、銃声はあまり響かなかった。


「がっ……」


 文後が腕をかばうように身を屈める。俺はすぐに文後を拘束しようとした。しかし新からの通信が入る。


『末星。御荘院から離れろ。もう助けられない』


 何を馬鹿なことを言っていると言い返しかけたが、新がそう指示した理由がすぐにわかった。血を吐いている。いつの間にか毒を飲んだのだ。


「ここだぁぁぁああ! り、がっ……」


 文後の叫びは途中で銃弾によってかき消された。喉に穴を開けられ、文後はその場に倒れる。


『末星。早く逃げろ!』


 じきに文後の心臓が止まる。俺は窓の方へと駆け出した。

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