第二章(4)
翌日の午後八時、【前宇宙の遺産】の解析結果を奪取する作戦が開始された。
徹也は既にドローンを研究所内に忍び込ませている。新は周囲のビルで待機しているとのことだ。
俺は新の部下三人と共にミノー映像第三研究所に入る。新の言う通り、正門の警備員は何も疑うことなく俺達が乗るバンを通す。新の組織には凄腕のハッカーでもいるのかもしれない。車を止め、新の部下は三人とも施設に入った。
三人はいかにも害獣駆除をしに来ましたというような作業着を着ているが、俺だけは違う。真っ黒のライダースーツのようなものを着ている。新はスニークスーツと呼んでいた。潜入用に作られたスーツであるとのことだ。さらに目と鼻と口以外を覆うように黒い覆面を被る。これで黒づくめの男になった。
それから新に渡された道具を確認する。
一つはワイヤーガン。ワイヤーを射出して目的地までを結び、そこまで移動するための道具だ。スパイ映画などでよく見る道具を実際に使う日が来るとは思ってもみなかった。ワイヤーの先端にはAIを搭載した機器が取り付けられており、対象とする物体の形状や性質を読み取り、そこにワイヤーを巻きつけるか、吸盤を出して吸着するかなど、その状況に適した選択をするとのことだ。
ワイヤーで吊るされることは日常茶飯事であり慣れている。自分からワイヤーを操るのも経験があるのでなんとかなるだろう。
次に、
似たような装置を使ってアクションシーンを撮ったことがある。新しく開発されたもののテストを兼ねていたらしい。もちろんワイヤーで吊るされた上でのことだが、それでも実際に落下の衝撃が軽減されたので驚いたものだ。とはいえワイヤーなしで使う機会が訪れないことを祈る。
俺は仲間の三人と別れ、研究所の西側に回る。警備は既に巡回して過ぎて行ったのを徹也がドローンで確認してくれた。忍び込むのは今の内だ。
俺は西側の建物の屋上に行くために、建物の壁を観察する。小さな窓が等間隔に並んでいる。書庫の隣にある謎の空間と思わしきところにも窓はある。見取り図では判明していなかったが、一般の職員が使うような部屋なのだろうか。それとも怪しまれないために敢えて窓をつけているのだろうか。
俺は建物の屋上に向かってワイヤーガンを撃った。先端の機器が屋上近くの壁に吸い付く。俺はワイヤーを引っ張り、しっかりと固定されているかを確認してから、ワイヤーを巻き取った。
建物の屋上まで
屋上には換気ダクトがある。人が通れる程の幅が大きなダクトだ。この中に入って研究所に侵入する。目的地である書庫は真下にあり、幸いそこに至るまで防火ダンパー等の障害物はないらしい。
俺はダクトの排気口より少し内側の箇所を小型チェンソーで切り取り、研究所へ侵入した。そして書庫と繋がっている換気口まで来る。書庫の天井にあたる位置だ。その換気口をいつでも取り外せる状態にして待機する。
「こちらD。西棟には目標はいません」
なんの変哲もない無線機で報告をする。危険生物を駆除しに来たという設定なので、通信を
しばらくすると新の部下から報告があった。
『こちらA。北棟三階に向かう目標の足音を確認』
文後は北側のエリアにいるようだ。そこにも怪しい部屋がある。文後はその部屋に向かっているのかもしれない。
このまま文後が【前宇宙の遺産】の解析結果を回収していて、他の誰かが確保するのが最も良いシナリオだ。俺はただ誰にも見られずに帰ればいいだけで、俺に危険が及ぶことはない。
そのはずだけど、俺は逆のことを考えていた。俺が文後を捕まえたい。
そして文後と話をしたい。話すことさえできれば、きっとまだ彼を止められるかもしれない。その役目を俺に譲ってほしい。
しかし新の言っていたことを思い出す。俺達は文後を助けにきたのではなく、世界を救いに来た。世界の【巻き戻り】を推進する勢力の野望を阻止して、未来を掴み取る。たとえその過程で小説が消えるという、文後が望まない未来が待っているとしても――。
だから誰かが文後を止めてくれればそれでいい。そう考えていたのだけど、事態が急変した。北側エリアから通信が入る。
『目標が書庫の方面に向かっている』
文後がこちらに向かっている。おそらく文後が【前宇宙の遺産】のデータを持っているという合図もまだない。書庫もしくは謎の空間にある可能性が高くなってきた。
三分後、文後が書庫に入ってきた。俺はダクトから彼の一挙手一投足を見逃さないように観察する。
文後は壁沿いにある本棚へ一直線に進み、その本棚の奥に手を突っ込む。すると隣の本棚が回転し出した。どうやら本当に隠し部屋を作っていたようだ。
そのことを無線で報告しようとしたが止めた。通信を傍受された際に害獣駆除ではないことがバレてしまう。ここは違う通信機で新に報告することにした。
「新。文後が書庫にある隠し部屋に入った」
『ああ。俺もそっち側に回っているところだ。お前さんはそのまま援護を待て』
新はそう言うけど、俺は自分が行くべきだと思った。隠し部屋で文後を捕まえるのが一番良いはずだ。
ここで確実に言えることがある。書庫には監視カメラはない。もしくは今、文後が監視カメラの機能を止めている。隠し部屋はこの施設の中でも限られた者しか知らないか、文後以外の誰も知らないようにしているはずだ。
今の時間は残っている社員が少ない。それに近くには研究室もない。文後が声を出しても誰かに聞こえることはない可能性が高い。
それでも俺は待機している。文後が出て来るまでに援護が来てくれれば、俺はその人に任せればいい。しかしそれまでに文後が出ることがあれば俺は迷わない。
本棚が回転する。文後が出て来た。その手には文書を持っている。
俺はダクトから飛び出した。着地して即座に文後へと駆け出し、全速力で彼に体当たりをする。そのまま文後を隠し部屋まで押し返した。その際、文後は文書を落とした。すかさず俺はそれを拾い上げる。
そして本棚の方へ逃げる前に、一度文後を見る。
案の定、文後はこちらに銃を向けていた。
「動くな」
俺は迷わず動く。銃が怖くないわけではない。しかし文後の手は震えていて、銃口は正確に俺を捉えていなかった。そこから俺の動きに対応することはできないだろう。
俺はただ、さらに銃口から身体をそらしながら前進し、文後のグリップを握っている方の手首を捻る。それから流れるように銃を奪い取った。
実は文後がしっかりと照準を俺に合わせたところで銃弾が当たらないことは分かっていた。銃の安全装置はロックされたままなのが見えていた。俺は指でそれを解除して、改めて文後に銃口を向ける。
アクション映画のために何度も行った動作だ。それが実際に役立つ日がくるとは思ってもみなかった。
「もしかして……末星か……?」
覆面をしているのにどうして分かった――。とは思わなかった。おそらく【コントラディクション】の時の癖が出ていたのだろう。あの映画はガンアクションが多かった。原作者である文後ならば気づいていても不思議ではない。
俺は文後に銃を向けながら、本棚の扉を閉める。
覆面は外さないが、質問には答えた。
「ああ、そうだ。君を止めに来た」
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