第二章(3)

 俺は新と徹也に連れられて、彼らが所有している小屋に来た。そこで明日の作戦を立てる。目的地であるミノー映像第三研究所の見取り図は既に持っているらしい。新達はあらかじめリウァインダーが関わっていそうな場所に目星をつけていたようだ。


 三人で作戦を立てるのは良いのだが、俺としては一つ確認しておきたいことがある。


「新。君の仲間は明日来れるのか?」


 俺の問いに対して、新は申し訳なさそうに俯く。


「三人は用意できる。あとのメンバーはみんな別の任務がある。同じくらい重要なやつがな――。だから明日は六人で解決しないといけねぇ」

「わかった」


 六人いることは良いのだけど、それでは目的である【前宇宙の遺産】の解析結果を探し出すことは不可能だろう。まだそれがどんな形なのかさえ分かっていない。

 そこで新がこんな提案をする。


御荘院文後みしょういんぶんごが解析結果のデータを持ち出したところを押さえよう。でも御荘院を待ち伏せするために、ある程度の場所の目星はつけておかないといけねぇ」

「そうだな。ところで何人が侵入するんだ」


 侵入する人数によって、一人が担当するべきエリアの広さが変わる。最低でも三人はほしいところだ。新が説明を始める。


「徹也は外からドローンによる監視。俺も外から目視による監視。必要なら狙撃をする。四人で御荘院文後を待ち伏せしてもらう。こうなったら末星も侵入してもらうがいいな」


 俺が危険に遭遇する覚悟ならしている。しかし今の新の言葉で聞き逃せないことがあった。


「それはいいけど、狙撃って何だ? 文後を撃つつもりか?」

「必要ならな。でもこれは最後の手段だ。そうならないことを祈るよ」


 新の言うことは分かる。もし文後が仲間に危害を加えるようなら彼を撃たなければいけなくなる。理屈では分かるのだけど、やはり納得することはできない。そんな想いが態度に出ていたのか、新がこんなことを言い出した。


「末星。俺達は世界を救うために行動しているんだ。それが嫌なら、悪いことは言わねえ。この作戦からは降りろ」


 新の言う通りだ。俺には覚悟が足りなかったようだ。俺達は文後を助けるために動いているのではない。文後と戦うのだ。それに解析結果のデータを奪わなければいけない以上、文後とは接触する必要があるはずだ。


 俺は両手で頬を叩き、新を見据える。


「すまない。話を続けてくれ」


 俺の気持ちの変化が伝わったのか、新は首を縦に振った。


「作戦はこうだ。午後八時に小型のドローンで侵入する。ダクトを回って小動物が入ったと思わせる。すると危険な生物が侵入したから駆除しに来たと公的機関を装って敷地内に入る。それからそれぞれ配置につこう。生物を探し回っているって言ったら、ある程度は自由に動かせてくれるだろう」


 新が説明した内容は理解できた。しかし一点だけ腑に落ちないことがある。俺はそれを訊いてみた。


「そんな簡単に、公的機関を装うことなんて可能なのか?」

「ああ、簡単だ。偽造のIDを作る」


 新は当然だと言わんばかりに答える。できるから言っているのだろうけど、それでも俺は奇妙に思う。御荘院グループのような大企業の施設だ。来訪者の身分を厳正にチェックするに違いない。それを偽装ID程度で騙せるものなのかと、素人の俺でも思ってしまう。

 俺に構わず新が話を進める。


「東側は特定の社員しか使わない備品庫がある。可能性としては高そうだな。あと北側と南側にはそれぞれ事務室でも研究室でもない部屋がある。かなり怪しいな」


 あっという間に見張るエリアを三つ決めたようだ。政府機関を装った新の部下が担当することになるだろう。


「あと一か所くらいは見当をつけておきたい。西側が空いてる」


 新がそう呟く。俺もアジトの見取り図をよく観察して考える。するとある場所が気になった。俺はそこを指差す。


「あとここだ。文後はここに隠している可能性が高いと思う」


 書庫だ。


 ネットワーク上で情報を保管することは外部からの不正アクセスによりデータが流出する危険を伴う。だから機密情報を紙媒体にして保管する企業はよくあるそうだ。御荘院グループのような大企業なら尚更だろう。

 新が意外そうな感じで質問する。


「どうしてそこだと分かる?」

「データの保管というなら書庫だろ。【前宇宙の遺産】の解析結果とやらも紙媒体で残しているかもしれない」


 むしろそこを無視して話を進めていることが不思議だった。とはいえちゃんとした理由があるようで、新がそれを説明する。


「でも一般社員も使うようなところだぞ。そんなところに置くのはさすがに危ないだろ」


 新の言うことはもっともだ。研究所に所属する全員がリウァインダーと繋がっているとは限らない。


「なら棚のどれかが回転扉になっていて、その奥に例のデータがあるとしたら」


 俺はそう言いながら見取り図を指差す。書庫と外壁の間に不自然な空白がある。そこに隠し部屋があってもおかしくはない。それにこの建物は御荘院家のものだ。息子の文後のための部屋がある可能性もゼロではないだろう。

 それでも新は呆れたように言い返す。


「あのなぁ……。これは映画の話じゃないだぞ」


 新の言い分は正しい。これは現実の話だ。しかし俺が今から対峙しようとしているはどちらかと言うと映画寄りの人間だ。


「文後ならそうすると思う」


 文後がこの研究所に関わりがある人物だとすると、何か仕掛けを施しているかもしれない。案外、そういう遊び心がある奴だ。脚本でもそれがあからさまに表れている。その遊び心に何回も付き合わされた。


「分かった。じゃあここはお前さんに任せる。西側は埋めたいしな。ただ、ここを警備員が通してくれるかはちょっと怪しいな」

「ちょうどいいんじゃないっすか。末星は有名人ですし。変装してもバレますよ」


 徹也が指摘する。確かに俺はフルフェイスなどで頭全体を隠す必要があるだろう。しかし害獣駆除の職員がそんな装備をするのは不自然だ。


「じゃあ、末星は敷地に入ってからは別ルートで侵入しないといけないな」


 害獣駆除の職員に扮した仲間とは離れて、誰にも見つからないように潜入するということだ。


「侵入するまではちょっと危険なことをしてもらうけど、そのための道具は揃ってる。お前さんなら使いこなせるさ」


 なんだかスパイ映画のような話になってきた。不謹慎かもしれないけど、実際にこういうことをやってみたいを子供の頃から思っていた。


「侵入した後は見張っていてくれればいい。お前さんの言う通り、御荘院が西側に解析結果を取りに来たのならそれを知らせてくれ。俺の部下がそっちに行く」

「分かった」


 侵入方法はともかくとして、その他の危険な仕事は新の部下に任せるべきだろう。別に俺も、実際に文後や研究所のスタッフと実際に争うことまでしたいとは思っていない。

 それでも侵入の話の時は頬を緩ませてしまっていたのだろうか、新が愉快そうにこんなことを訊く。


「お前さん。意外とやってみたいと思ってるんじゃないか?」


 俺は自分のアクションシーンをスタントマンに代わってもらったことなど一度もない。とはいえ自分で行わないことを恥と思っているわけではない。そんな楽しいスタントを他人にゆずりたくないだけだ。


「その道具とやらは本当に大丈夫なのだろうな。欠陥品だったらアクターが死んでしまうんだぞ」


 安全のためのワイヤーがあるわけではない。怪我を防止するために床が柔らかいわけではない。ならば侵入に使うための道具には、それ相応の性能が備わっていなければ困る。スパイ映画の設定と同じような性能が絶対条件だ。


「なめるなよ。お前さんも本物のスパイになれるぜ」


 命の危険が伴うことを話しているはずなのに、俺も新も笑っていた。


「ああ。楽しみだ」


 舞さんには申し訳ないけど、どうやら命を懸けた危険なスタントを現実ですることになる。今夜はうまく眠れなさそうだ。

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