第二章(2)

 撮影の後、俺は新に指定された場所に来た。人通りのない路地裏で、ここで人を待ちたいと思うようなところではないけど、今からすることを思えば仕方ない。

 これから俺達は文後の悪事をあばこうとしている。文後や彼と関係のある人物に見つかるわけにはいかないのだ。


 俺が先に着いたようで新を待っていると、急に肩を叩かれた。考える前に俺はそいつの腕を掴んでいた。そしてひねって、そいつを前に出させる。


「待った待った。末星。俺だよ」


 新だった。小声で助けを訴えかけている。俺はすぐに彼を解放した。


「すまない。敵かと思って。次から気をつける」

「まあ、俺が悪いんだけど。それにしてもよくこんな反応をして、しかも相手を拘束できるもんだな。お前さん、本当はどこかのエージェントなんじゃないのか?」

「どこかのエージェントを演じたことなら何回もあるから。なんとなく習性が染みついたんだと思う」

「さいですか」


 普段ならば後ろから肩を叩かれてもこんなことをしないが、今はレジスタンスを追っているので、スパイ映画に出ている時のように身体が動いてしまった。雰囲気に吞まれたのかもしれない。


「とにかく、御荘院文後みしょういんぶんごはこの先のバーに行くみたいだ。そこでリウァインダーと思われる男と会う約束をしているとのことだ」


 情報源について訊いてもよかったが、それよりも今からその密会を調べようとしている俺達に直接関わりのある問題がある。


「けど、中の様子はどうやって調べる。俺が入るわけにはいかないのは当然として、君が忍び込むのか?」

「いいや。そのための協力者を連れてきた。もういいぜ」


 新に呼ばれて近づいてきた人の顔を見て、俺は声を上げそうになった。まさか彼までがこんなことに関わっているなどと思いもしなかった。


「やあ末星。ここでもよろしくな」

「徹也。どうしてこんなところに」


 徹也が何かを言う前に、新が説明を始めた。


「実は、徹也は俺のところのレジスタントなんだ。案外いるぜ。レジスタントだけど社会に紛れ込んでいる奴」

「そうなのか。他にも……いや、そういうのは後にしよう」


 訊きたいことは山程あるのだが、とにかく今は文後のことだ。徹也がここに呼ばれた理由は既に察している。


「徹也がバーの中を覗き見るということだな」

「そうだ。電波妨害とかもなさそうだし、案外簡単にできると思うぞ」


 映画カメラマンは二種類存在する。一つは、映画用のカメラを持って撮影する者。そしてもう一つは、カメラを搭載したドローンを操作する者だ。

 橋で子供を助けたシーンも、直前の爆発から逃げるシーンを繋げて撮るには、ドローンカメラの操縦が必須だった。徹也の技術はアクションシーンの撮影に大きな幅をもたらしてくれている。


「そうか。早速始めてくれ。既に御荘院文後はバーに入っている。時間にはまだ余裕があるが、相手が早く来ないとも限らないしな」


 新がそう言うと、徹也はドローンを取り出す。映画用と違い、手のひらに乗る程度の大きさだ。それを俺に見せてくる。


「これでバーの様子を盗撮する。音声もばっちり撮れるぜ」


 撮影用の性能はよく知っている。どれだけアクロバットに動いても映像がぶれないし、音声も途切れたりしない。徹也の技術のお陰でもあるのだろうけど、カメラの方も日々進化しているらしい。小さくても性能は変わらないはずだ。


 徹也がドローンの視点と連動しているゴーグルを装着すると、ドローンの操縦を始めた。俺と新はモニターでドローンの視点を確認する。

 やがてドローンは小窓で止まった。小窓は開いているようでバーの映像も音声もはっきりと分かる。文後はテーブル席に座っているが、相手はまだ来ていないようだ。


 十五分後、取引相手と思われる二人の男が入店した。文後の向かい側に座る。

 しばらくは文後が書類を渡し、男達がそれを見るという時間が続いた。全て見終わると一人の男が文後にこんなことを言った。


『ところで【前宇宙の遺産】の解析は進んでいるのか?』

「今こいつ、【前宇宙の遺産】って言ったのか」


 新が驚きの声を上げる。俺も声には出さなかったけど驚いている。


 このままでは世界は巻き戻ることになるが、そもそもこの世界は既に【巻き戻り】を何度も繰り返しているという説がある。そしてブレーンには巻き戻る前の世界に存在したものがあったのではないかと言われている。そしてブレーンから帰還した探査機がそれを回収して、政府が保管しているとも噂されている。


 それが【前宇宙の遺産】である。しかしそんなものはただの都市伝説であるはずだ。科学的な証拠は何もない。しかし男は存在するのが当然だと言うようにその言葉を口にした。


『ああ、もう完了しているよ。データは保存している』


【前宇宙の遺産】のことも確かに驚きだけど、俺にとっての驚きは他にある。

 文後のことだ。文後は何も関係ないか、ただリウァインダーに利用されているかと今まで考えていたけど、そんな淡い希望はあっけなく打ち砕かれてしまった。文後は明らかに自分の意思で世界を巻き戻そうとしている。


『なら渡してもらおうか』

『ここにはない』

『ふざけるな』


 男が机を強く叩きながら恫喝するけど、文後はまったく動じない。


『君こそふざけているのか。こんなところで渡せるわけがないだろ。解析結果はミノー映像第三研究所で渡す。そこに明日の午後九時に来い』


 男は少しだけ黙った後、ゆっくりと首肯した。


『分かった』


 そしてリウァインダーの二人はバーを去って行った。


「ミノー映像って御荘院グループの建物だよな?」


 新の問いに、徹也はドローンを操縦しながら答える。


「そうっすね。文後はそこの御曹司ですから。出入りも自由なんじゃないですかね」


 文後が御荘院グループ会長の息子であることは知っている。その会社の跡を継ぎたいとは思っていないと語っていたこともあるが、縁を切っているわけでもなさそうだ。


「あそこの研究所はそんなに大きくないですけど、きっと警備は厳重っすよ」

「まあでも、行かないわけにもいかないだろ。【前宇宙の遺産】なんて言葉聞いちまったんだからな」


【前宇宙の遺産】の正体が分かれば、リウァインダーの活動の全容が掴めるかもしれない。文書を奪えばそのまま計画が頓挫とんざすることもあり得る。リスクを冒してまでも文書を盗もうという新の考えは十分に分かる。


 俺が今後のことを真剣に考えている途中、新はこんなことを言い出した。


「末星。とりあえず俺達はリウァインダーの陰謀に一歩近づけたようだ。だからお前さんはしばらくは映画に専念していてくれ。御荘院文後のことで何かわかったら、お前さんにも伝えるから」


 確かに俺の役目は文後のことを探ることだけだった。俺は新の言う通り、元の生活に戻ってもいい。しかしもう遅い。ここまで深く踏み込んでしまった以上、悪者を放置する気にはなれない。


「いや、俺にも協力させてくれ」


 未来を、進化を否定したくない。あらた達に協力すると決めた時からその想いはあった。文後の正体を知ってからはさらに強まった。ただ守られるだけなんてまっぴらだ。舞さんには悪いけど、俺も世界のためにできることがあるなら何だってやりたい。

 それでも新は呆れたように溜息をつく。


「やる気なのはありがたいけど、お前さんはスーパースターだ。危険な目には遭わせられない」

「どのみち何もしなければ殺されるんだろ」


 俺のためでもある。そう言っておけば納得してくれるだろうと思ったらその通りだった。新は少し嬉しそうに微笑む。


「良い眼だよ。ヒーロー」


 そうだ。俺は【終末の世代】のヒーローだ。映画だけでなく、現実でもそうなってやるんだ。


 俺は戦う。進化を否定する者達から進化を勝ち取ってやる。

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