第一章(6)
俺と舞さんは、新が用意した車に乗っている。舞さんの
運転席に舞さんが、助手席に俺が座っている。手動運転が必要になった際には俺が運転すると言ったが、せめてこれくらいはさせてほしいと舞さんが言うので甘えることにした。
移動中、しばらく話をしなかったが、舞さんがその沈黙を破る。
「末星さんは、駒戸さんが話していたことを信じるのですか?」
「【巻き戻り】や未来視症候群のことは何とも――。結局、証拠を見せてもらったわけじゃない。それに向こうだって巻き戻りの全てを分かっているわけじゃないみたいだし」
そんなことよりも俺には舞さんに話すべきことがある。
「未来視症候群のこと、黙っていてごめん」
俺は自分の症状のことを誰にも話していなかった。最も信頼する舞さんにも――。それは舞さんに対する裏切りだと感じつつも、ずっと打ち明けられずにいた。
「そんな……。私に謝ることではないですよ」
「そうか……。でも、ごめん」
そこで俺は決心した。その思いが
「俺はガンアクションの撮影中に――」
「ちょっと待ってください。別に話す必要はないですよ」
舞さんは気を遣ってくれている。確かに、自分が死ぬ未来について話すなんて気分の良いことではない。
「頼む。話させてくれ」
それでも打ち明けたい。自分が死ぬかもしれないという恐怖がずっと付き
「分かりました。末星さんがそうおっしゃるなら」
俺は呼吸を整えてから話し始めた。
「俺はガンアクションの撮影中に、銃で撃たれて死ぬことになるらしい。アンドロイドの一体が、誤って実銃を持っていたんだ。それで胸を射抜かれるという未来が視えた」
俺が視た未来では事故ということになっているように視えた。新の話が正しいのならばアンドロイドが実銃を持っていたのは誰かの故意によるものだということになる。
「これが未来に起こるなんて、俺は信じていない。ただの病気による妄想だと思っている。思いたい。けど、世界が巻き戻るというのなら、未来視も本当にあるんじゃないかと考えたら、怖くてたまらなかった」
究極のアクションスターが聞いて呆れる。結局、俺は映画の中では英雄でも、現実の中ではただの臆病な一般人だ。暴力に襲われて死ぬのがとてつもなく怖い。
「そこに駒戸さんの話ですから。怖くなるのは当然ですよね」
「いや、そこはむしろ気が楽になったよ」
舞さんを安心させようとしたわけではない。これは本心だ。あまり認めたくはないが、新の話を聞いて良かったと思っている。
「未来を変えられるっていう気分になるだろ。気休めかもしれないけど、何も知らないよりかは遥かにマシだ」
「では本当に、駒戸さんに協力するんですか?」
「そうだね。けどあいつを全面的に信用するわけじゃない。特に、未来視症候群の真相や俺が狙われていることは嘘かもしれないということは頭に入れているよ」
本当か嘘かを判断する材料がない。保留していても当分の間は問題なさそうだ。しかし新の話には避けて通れない問題がある。
「ただ
文後は仕事のパートナーであり、俺の大事な友人の一人だ。リウァインダーと手を結んでいるというのならば、それを止めなければならない。まずは文後のことを解決して、その後も新に協力するかどうかを決めよう。
ここで俺は違う話題を出すことにした。
「舞さんは、【巻き戻り】についてどう思ってる?」
新の話やレジスタンスなんて関係なく、【巻き戻り】に対する想いを訊いてみた。舞さんは困ったように俯きながらもはきはきと答える。
「とても良いことだと思っていました。だって、時間が戻るってことは、死ぬことはないってことですよね。私は自分の人生に満足していますし、それを繰り返すことができるなら、それは嬉しいことだなって……」
大抵の人は死にたくない。俺だってそうだ。できるだけ長い時間を生きていたい。もし永遠に生きられるとしたら、途中で人生に飽きて死にたくなるかもしれないけど、世界が巻き戻った場合、その問題は解消されるだろう。
「このまま末星さん達と一緒に究極のアクション映画作りに
時間が巻き戻ると、世界中の人間がその認識を持たない場合、巻き戻る前に起こった全ての出来事がそのまま繰り返される。そして巻き戻る前の記憶は引き継がれず、人は同じ人生を何回も繰り返すことになる。
「けどそう感じるのは、今までそう教えられてきたから、それしか道がなかったからだと思います。世界に未来がないから、そんな世界で妥協するしかなかったからです」
人生を繰り返す。そのことを知りながら生きることができる反面、俺達は多くの道を閉ざされてしまった。過去では存在した職業の多くが消失していった。人類の集大成となる責務だけが残された。そして新の言う通り、子供を作ることを許されなくなった。
「そうだね。俺も、今まで究極のアクション映画を作ることしか頭になかった。それしか自分にできることはなくて、そうすることが世界の終末に
しかし違う。本当は世界の【巻き戻り】を回避することができる。この世界には未来がある。その可能性を知った今、今まで思うことすら許されなかった、いや頭に浮かんでくるはずがなかったことを願うことができる。
「未来があるというのなら、俺はその未来を見てみたい」
新が言っていたことは強ち間違っていなかったのかもしれない。俺は【巻き戻り】を受け入れてなんていなかった。
ずっと物足りないと感じていたのはこれだったのか――。
「末星さんが見たい未来というのはどんなものですか?」
舞さんが訊く。そんなことは考えたことがなかった。そう思う割には、すらすらと言葉が出てきそうだ。
「俺は究極のアクションスターになるべきではないと思うんだ」
俺がそう答えると、舞さんは慌てたように言い返してくる。
「そんな……。いきなり何をおっしゃるんですか。末星さんは――」
「ごめんごめん。別に、俺は自信がないとかそういうことを言いたいんじゃないんだ」
言葉が足りなかったことを反省する。確かに【終末の世代】が究極に到達することを放棄するなんて言語道断だ。しかしそれは世界が絶対に巻き戻ることを前提にした時の話だ。世界に未来があるのならば話は変わってくる。
「俺はこの時代では最高のアクションスターになれるかもしれない。けどこの時代よりも先があるのなら、俺を超える俳優は必ず現れる。いや、現れてもらわなくちゃ困る。そうでなければ俺達が究極を目指した意味がなくなってしまう」
アクション映画は俺達の時代で終わるのではなく、もっともっと続いてほしい。俺がそうしてきたように、未来のアクションスターが究極のアクションを目指してほしい。さらに進化してほしい。
「次の世代の人がさらに究極を目指してくれる。そんな未来ができるなら、あんな怪しい奴でもなんでも協力してやるよ」
舞さんは途中まで微笑みながら聞いてくれていたけど、急に不機嫌そうな顔をしながら
「でも、末星さんは危ないことをしてはダメですよ。あくまで
「あはは。気をつけるよ」
できる限り危険は回避するつもりだ。舞さんを悲しませるようなことはしたくない。それでも俺の魂は激しく燃えていた。
人類の未来を、進化を掴み取るために――。
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