第一章(2)

【終末の世代】


 いつからか俺達はそう呼ばれるようになっていた。

 全世界で子供を産むことが許された最後の年に生まれた世代。人が十分に人生を謳歌おうかでき、なおかつ巻き戻る時まで若年層の人間がいなくても社会を維持することできるラインとして、生まれてから七十歳になる時に巻き戻るように設定されたらしい。


【終末の世代】は人類史の最後を締めくくるに相応しい結果を残すことを期待されている。

 俺は【終末の世代】のアクション俳優。より迫力のあるアクションで人々を魅了しなければいけない。


 そのためには日々のトレーニングが必要で、もちろん欠かしたことはないが、それ以外にもするべきことがある。

 アクションシーンの研究だ。他の俳優のアクションを研究することもあるが、特に自分のアクションシーンを研究することが多い。けっして自惚うぬぼれているわけではなく、自分の映画を見返して、この時はこうするべきだった、ここをこう変えればもっと迫力やキレが引き出されるという改善点を見つけるためだ。


 その研究は俺の親友であり、映画専門のカメラマンの間取徹也まとりてつやと事務所で行っていることが多い。現在撮影している映画でも世話になっている。過去にも、俺が主演の映画で彼が撮影監督だった作品がいくつかある。


「ちょっと休憩してくるよ。お前は?」

「俺はいいよ」

「分かったよ。あまり根詰こんつめすぎるなよ」


 呆れるように言う徹也に、俺は片手を上げて応じる。

 疲れていないわけではない。激しく動くこととは違う体力を使っていて、むしろこっちの方が疲れると感じることもある。それでもアクションの進化について考えているこの時間はとても心地良い。


 とはいえさすがに眼に疲れが溜まってきたと感じ始めた頃、ドアがノックされた。俺は映像の再生を止めて、部屋の照明をつける。徹也がもう戻って来たのか、それとも舞さんが来たのかと思ったがどちらでもなかったようだ。


 さて、俺は【終末の世代】のアクションスターと言われているが、もちろんそれは俺だけではない。もう一人のアクションスターが部屋に入ってきた。


「よぉ末星。ここにいるとお前のマネージャーさんから聞いてな。ところで新作の撮影は順調か?」


 木虎完義きとらさだよし。俺と同じ【終末の世代】のアクションスターだ。

 完義はアクション俳優であると同時に閑嵐流かんらんりゅうという武術の師範代である。だから、様々なアクションに挑戦する俺と違い、完義は格闘技専門のアクションスターだ。


「ああ、滞りなく進んでいるよ。明後日からは本格的な戦闘シーンだな」

「戦闘ということは、相手は人間か?」

「いや、アンドロイドだよ」


 俺がそう答えると、完義はあからさまに溜息をつく。俺はあまり気にしていないが、完義は不満に思っていることだろう。


「俺のところもそうだ。戦闘シーンくらい人間を用意してほしいもんだぜ。もうアンドロイドを殴るのは飽きた」


 俺はそこまでは思わないが、完義がそう言いたくなる気持ちは分かる。アクションシ―ンの撮影で人間の相手をする機会が年々減っている。俳優としてのキャリアが少ない俺でもそう感じる程だ。


「アクション俳優自体が減っているんだ。仕方ないよ」


 人口が激減している。そもそも俺達より若い世代の人間がいない今、激しい運動が必要な仕事は次々とアンドロイドがになうようになっている。アクション映画も例外ではない。俺達が老人になる頃には、全ての役者がアンドロイドである映画が撮られることだろう。


「そろそろ共演したいものだな」


 俺の本心だ。閑嵐流を継承し、最高の格闘技を使いこなす完義とならば、究極のアクションに辿り着ける可能性は高いと思っている。今やアクション映画界のトップスターと言えば俺と完義だと言っても過言ではないだろう。共演作の話が来るのも時間の問題であるはずだ。


「それもいいが、やっぱりお前と演技じゃない戦いをしてみたいものだな」


 このセリフを何度聞いたことか。その度に俺はこう言い返している。


「勘弁してくれよ。俺は格闘家じゃない。そのための鍛錬はしていない。お前の相手にはならないさ」


 俺はただの俳優だ。格闘技の選手の演技をしたことはあるけど、プロの試合をしたことはない。完義は俺と違って、俳優であると同時に、プロの格闘家でもある。閑嵐流という流派の師範代であり、閑嵐流としては最後の師範となるだろう。


「謙遜すんなって。お前ならやろうと思えば今すぐにでも格闘家に転身できるぜ」

「そうだとしても、俺には究極のアクション映画を作らないといけない」


【終末の世代】は人類史にとって最後の世代になる。人類が今までつちかってきたものの集大成となるべき存在だ。確かに格闘技には興味はあるが、究極のアクションという義務をサボってまでやろうとは思わない。


「お前は俳優であると同時に、閑嵐流の師範代だろ。先代の継承者に恥じないような技の向上はできているのか?」


 俺がそう訊くと、完義はおかしそうに笑う。


「お前は相変わらず頭が固いな。俺はそんなものにこだわってないよ。俺の名前が残ればいい。閑嵐流はその手段の一つに過ぎない」


 少しイラっとした。実力は一流なのだが、完義には【終末の世代】としての自覚が足りないところがある。


「俺は流派とかないから偉そうなことは言えないけど、そんな心意気でいいのか?」

「別にいいだろ。どうせ俺が最後なんだし――。お前のいう究極に辿り着ければ文句もないだろ」

「それはそうだけど……」


 一度俯いてから完義の顔を見てみると、いつの間にか真剣な面持ちをしていた。そしてこんなことを訊いてくる。


「お前は【巻き戻り】についてどう思っている?」


 俺はそのことについて今まで考えてこなかった。いや、違うな――。あまり考えないようにしていた。自分の責務は究極のアクションを作ることであり、たとえ世界が巻き戻らなくてもそれは変わらない。

 しかし世界が巻き戻ることで変わることもある。


「次の世代で俺を超えるような人が出てこないのは、寂しいな……」


 もし世界が巻き戻ることなく進み続けて、そんな人が現れたとして、それは俺が死んだ後のことになるのかもしれない。それでも次の世代の可能性が断たれてしまうことにはそこはかとない寂寥感せきりょうかんを覚える。

 それに次の世代がないということは、俺にとってはかなりのプレッシャーになる。


「巻き戻りが起こることで、俺がアクション俳優としては究極にならないといけないことに責任を感じる」

「おいおい。お前は史上最高のアクション俳優だろ。既に究極じゃねえか」

「そういうことじゃないだろ。究極って」


 俺達が目指すべき究極は一番になることではない。それは通過点に過ぎない。【終末の世代】として大切なことは他にある。


「人類の集大成として、可能な限り高みへ辿り着くことだ」


 人類はもうすぐ進化できなくなる。文化の面でも、文明の面でも――。だからせめて世界が終わるまでに、進化のために全力を尽くす。俺達がなすべきことはそれだけだ。

 俺は本気でそう思って言っているのだが、完義は頬を緩ませている。


「人類の集大成になったまま世界が巻き戻ったら、お前はずっと究極のアクションスターとして名前を残すということになるだろ。それじゃあ満足できないか?」

「そうだな」


 完義は事の重大さに気づいていない。世界が巻き戻るということは、俺達を超えてくれる存在はこの先現れてくれないということだ。


「ある意味永遠に名前が残ってしまうから、半端なところで満足するわけにはいかない」


 だから大きな責任を感じる。完義なら分かってくれると思っていたのだが――。もしかしたら俺の考え過ぎなのかもしれない。


「とにかく、トップレベルのお前が向上し続けるんだろ。じゃあ、お前は一生懸命頑張ればいいだけだ。そんなに難しく考える必要もないだろ」


 言い方は不真面目だが一理ある。結局、俺は全力でアクション映画に取り組めばいいだけだ。


「そうだな」


 しかし何かが違う。何か物足りない気がする。

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