第14話 流星の騎士ジュピター・スカイは妻が心配(後編)

 


「あなた、お帰りなさい――えっ? どうしたの??」


 微笑んで迎えるマリーちゃん、その春の日差しのような笑顔を見た俺は安堵を一気に受けて脱力しへたり込む。

 マリーちゃんがゆっくりと椅子から立ち上がり俺の肩に手を置いた。


「あなた、何処か怪我をしたの? それとも今回の旅は凄く大変で疲れた……?」


「いや……旅は全然……」


 歴戦の冒険者で『流星』と名を上げた俺が、一番に揺さぶられるのは彼女だけだった。


「マリーちゃん……こんなに家を空ける夫を嫌いになったかい……? 嫌いにはならなくても、飽きてしまったかい……?」


「え……?」


 不思議そうな顔をして固まるマリーちゃんに、俺は弱気に続けた。


「だって……いつものように外で出迎えてくれないから……ま、まぁ……もう新婚と言うには月日も経っているし……普通はそんなにいつまでも新婚気分では……いないのか……」


 遠征に出ている間にもうすっかり季節も一巡してしまった。マリーちゃんと過ごした日は少なくとも、月日だけは無常に過ぎ、心も変わっていくのかもしれない……

 そう思ってマリーちゃんを見ると、きょとんとした顔で驚き、そして笑い出した。……ああ、何年経っても可愛いし絶対に覚めない自信が俺にはあるのだが……


「ふふふふ、やだわ、あなったったら! もう、これ以上好きにさせてどうする気? 私があなたを嫌いになるなんて、やだもう……」


 笑った後に、ポロポロと涙を流した。俺は慌ててマリーちゃんを抱きしめる。その俺の服の背中をマリーちゃんはぎゅっと掴んだ。


「そんな事、絶対にある訳無いじゃない。私を誰だと思っているの? あなたを世界一愛する妻のマリーゴールド・スカイよ」


「……いや、世界一俺を愛する、世界一可愛い妻、だ」


 少しの違和感でも、こんなに動揺してしまう。でも、マリーちゃんが俺を抱きしめてくれるだけでその不安が一瞬にして吹き飛んでしまう……


「じゃあ、何で外で迎えてくれなかったんだい?」


 俺の問いにマリーちゃんは神妙な顔をした。


「あなた、聞いて欲しい事があるの」


「えっ……もしかして……」


 俺はマリーちゃんの言葉を待たずに目を閉じた。


「……あなた……?」


「……俺の事、愛してるって振りかなと思って……」


「それは……そうなんだけど、その話は一旦置いておいて……」


 マリーちゃんは頬を赤く染めて咳払いをした。


「え……じゃあ……もうすぐ結婚記念日……? いや、俺の誕生日……いや、×マス……は過ぎていたね。ごめん――」


「ふふふ、あなた、ストップストップ」


 マリーちゃんは俺の口に指を当て、言葉を止めた。第二部隊に戻る事になってから、記念日だってまともに2人で祝えた事も無い。

 何日か遅れの誕生日会だって、マリーちゃんは文句一つ言わずに笑って喜んでくれたけど……もっと2人で沢山の日を過ごしたい……

 俺の寄せた眉を伸ばすようにマリーちゃんは指でつついた。


「……まさか、別れ話とかじゃ……」


「あなた、情緒が急降下しすぎよ。疲れてるのね……そうじゃなくて、これ」


「え……」


 確かに疲れのせいか嫌な想像ばかり過ぎる俺の前に、マリーちゃんは編み物を見せた。

 それは、小さな靴下……


「……×マスのプレゼントを入れるには……だいぶ小さいな……いや、そもそも靴下なのかい?」


「あなた……ボケるのはそこまでよ。今回の旅はすっごく長くなるからって、出かける前に私の事を沢山抱きしめて、沢山沢山愛してるって言ってくれたじゃない?」


「あ……ああ……」


 俺は出かける前の事を思い出して照れた。陛下から、事前に長くなる事は聞いていた。暫く帰れないからと、身体に温もりを刻むようにマリーちゃんを抱きしめたのは今でもちゃんと思い出せる。


「ふふ……だからかしら。この家にね、もう1人棲むようになったのは」


「えっ……」


 俺はバッとクローゼットを見た。まさか……マリーちゃんが……若いツバメを……囲……

 俺が殺気立ちクローゼットを見ているとマリーちゃんが怒ってポコポコと叩いた。


「もう!! 何想像しているの! あなたったら!!! 変な小説を見すぎぃーー!!! 疲れすぎーー!!」


「いや……うん……ごめん、驚き過ぎてつい不謹慎にボケてしまった……あ、いや、分かってる……うん……いや、分かってない……えっと……それは……つまり……」


「私達の子供……来てくれたみたい……」


 恥ずかしそうに言うマリーちゃんを思わずぎゅっと抱きしめた。本当はもっと強く抱きしめたいのだけど、どこまで力を入れていいのか分からず、俺は手が震えていた。


「……なんだ……だから、家の中で待っていたんだね。そう……だね……まだ外は暖かくなるには時間がかかるからね……なんだ……」


 俺は頬に沢山涙が伝っていくのを感じた。これから、俺の事を待っていてくれるのはマリーちゃんだけじゃないんだと……そう思うと暖かすぎて……堪えきれなかった。


「あなた、2人だからって寂しくない訳じゃないのよ? ちゃんと、早く帰ってきてね……」


「ああ……いや、部署変えを願おう……俺には守る物が増えてしまったから……心配で遠征なんかやってられるか……こうなったら陛下と刺し違えてでも……」


「あなたー! 反逆は駄目ーー!!!!」



 ――結局、部署変えを願うも最強の皇帝陛下に打ち勝つ事が出来ず泣く泣く遠征多き第二部隊続行を余儀なくされた流星の騎士ジュピター・スカイは、今日も妻と、もう1人の新しい家族が心配で心配でならなかった……

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流星の騎士ジュピター・スカイは妻が心配 あニキ @samusonaniki

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