第13話 流星の騎士ジュピター・スカイは妻が心配(前編)

 


「はぁ……疲れた」


 流星の騎士ジュピター・スカイは今日も今日とて遠征に出かけていた。

 今回の遠征はかなりの長期であり、3つの月を跨ぐ程に我が家を見ることは出来なかった。


 流石に妻ロスが限界点に達しようとした副隊長の姿を見て、部内から皇帝への談判の手紙が何通も送られたらしい。

 何時までも新婚気分な俺をやっかむ仲間達ですら同情するほどの仕打ちに流石の皇帝も気を使い、代わりの者を差し向けようとした頃に、ふらりと第二部隊の部隊長がやってきた。


『そろそろ、ジュピターも限界かなと思って』と微笑む自由奔放な部隊長。その綺麗な顔を心底殴りたいと思ったが、帰れるものなら家に帰りたいという思いの方が勝り……上げかけた手を下げて無言で握手を交わした。

 かつて、冒険者をやっていた頃は思ったこともズケズケと言えたし、多少我慢する事はあっても嫌な仕事はしない。臨時で入ったパーティも気が合わなければ抜ける事だってしばしば。

 騎士団に入った事が運の尽きならば、結婚した事で色々と耐えなければならない事もやはりある。

 妻を優先出来なくて何が騎士だ、と思いながらも……妻に安定した暮らしをして欲しいという思いから黙って仕事をせざるを得ない。

 そんな俺の気持ちをちゃんと分かってくれているのがせめてもの救いであり、分かっていながら仕事を押し付けるのはもうこれ地獄かな、と思いつつ……だが、陛下だって彼女が出来たてホヤホヤなのに過労死寸前まで仕事をしているのだと、皆が知っているからそれ以上何も言えなかった。


 自由奔放で行く先行く先で問題を見つけては仕事を増やしてくる上司……仕事が出来すぎるのも問題なのだが、平和の為には何も間違っては居ない。

 ダイナーという男のことは冒険者時代から知っているのだが、自由過ぎる奴とまともに取り合えるのもまた自分しか居ないのだ……


 ジュピターの結婚を知り、いち早く喜び祝福してくれた部隊長。ジュピターの事を苛めているとは、そうは思えないのだ……

 だが、部隊長のダイナーは時折人の心の隙間をつくような事を言って来る。


「ジュピター、会えない時間は想いを募らせるよね。私もね、一番好きな人には放置してもらいたいタイプの人間なんだよ」


 と、月みたいな目で微笑みながら部隊長は言う。いや、それはちょっと意味が変わるやつでは……?

 深堀していくと何か見てはいけない性癖の扉を開けてしまいそうな……そんな危うい発言を聞かなかった事にして、俺は足早に帝国に戻った。



 帝国はもう寒い冬を越え、春を迎えようとしていた。

 前に来たときは本格的な冬だったので、雪の降らない帝国でもかなり風が冷たかった。

 ゲート都市を出ると心地よい春の風が周りを踊り、俺の逸る心に加速をつけていく。

 心が温かいのは春のせいだけでは無い……愛しのマリーちゃんに会えるという喜びが……一番の暖房器具なのだ。

 早馬よりも走って帰ったほうが早い。疲れた身体を酷使してでも早く会いたい……妻をこの手で抱きしめたい。

 見覚えのある首都……その外れにある小さな白い家。

 変わりない我が家は数ヶ月といえど、もう何年も帰っていないかのような懐かしさだった。

 あー……マリーちゃん……


 だが、俺は変わりない景色に違和感を感じた。

 冬から春に変わった、というだけの違和感では無い。いつもの帰り道……いつもの白く可愛らしい我が家。

 一つだけ違うのは……いつも帰る知らせを受ければ、何時間も前からマリーちゃんは俺の事を待っていてくれるのだ。


 ……けれど、その我が家の前には……いつものマリーちゃんの可愛らしい笑顔は無かった。


「え……」


 まさか……マリーちゃんに何かあったのだろうか。

 ふと、部隊長の言葉が過ぎった。


『ジュピター、会えない時間は想いを募らせるよね。私もね、一番好きな人には放置してもらいたいタイプの人間なんだよ』


 前に家を出てから今回はとにかく長かった。3ヶ月も経ってしまったのだ……

 放置して喜ぶタイプの人間なんてあの変t……変わり者の部隊長くらいだ。普通の人は待つことに疲れて違う幸せを探したっておかしくない。

 それでも……いつだって遠方に行く俺を笑顔で送り出し、帰る時は目に涙を溜めながら愛しむように笑顔で迎えてくれたマリーちゃん……


 嫌な想像をしたせいか、スキルを使ってまで急いだ足が……あんなに軽かった自身の身体がズン、と重く感じて足を止めてしまった。


「そんなことは……無いよな……」


 正直な所毎回遠征に行った帰りは不安でしか無かった。その不安を払拭してくれたのが温かく出迎えてくれるマリーちゃんの存在なのだ……

 だからこそ、安心して遠方にも行けたし、帰ってくる事も出来た。

 重い位の愛が、足かせになった事など一度だって無い……だって、その重い位の愛が……俺には必要だったのだから。


 不安に手足が痺れる。俺は、しんと静まり返る白い家の扉を……ゆっくりと開けた。

 家の至る所にマリーちゃんの面影が映る……

 いつも『早く早く!』と我先に扉を開けてくれるマリーちゃんの幻が、薄っすらと消えていく。


「マリー……ちゃん……」


 扉を開けると、暖かな日差しの降り注ぐ家の中、椅子に座るマリーちゃんの姿があった。

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