君の名の由来は。

天くじら

君の名の由来は。

「私の名前は、ウエムラアイです」

高校生1日目。みんなが浮足立っている中、私の前に自己紹介をした女の子は、そう言った。アイ。私と同じ名前だった。

ウエムラ。上村、植村。

アイ。愛、藍、愛衣。

いろんなパターンがある。どんな字を書くのかと気になって、今朝配られたクラスの名簿を見ると、「出席番号3番 上村愛」と書かれていた。

ハキハキとした声。高く結んだポニーテール。そして「アイ」という名前。別にそこまで珍しい名前ではないのに、なぜかすごく気になった。

“この子と友達になりたい“

と思ったのだった。

そしてそれが、人の名前を覚えない私の、人生で初めて初日で顔と名前が一致した人だったりする。

でも、大抵愛のような子は、すぐに友達を作るだろう。きっとそこに、私が付け入る隙はない。


「ねえ、アイちゃん。1人?」

クラスにもう1人アイがいるから、別にそんな声が聞こえてきても気にならなかった。

「あれ、アイちゃんじゃなかったっけ?」

そう、それを言った本人が、もう1人の「アイちゃん」でなかったなら。

「えっ、私?どうしたの?上村さん」

どういう風の吹き回しか、上村愛は私に話しかけてきたのであった。

「名前覚えててくれたんだ、嬉しい。ウマサキアイちゃんだよね」

「そうだけど……どうしたの?」

上村愛は私の怪訝そうな表情を見て、

「もしよかったら、一緒にお弁当食べない?」

とすぐに言った。さっきよりも焦って、小さな声で。

「上村さんがいいなら、いいけど」

つっけんどんな言い方になってしまったかな、と思い、付け足す。

「私1人だから、一緒に食べてくれたら嬉しい」

「誘ったのは私なんだから、いいに決まってるよ。あと、できれば名前で呼んでほしい」

「わかった。愛ちゃん、よろしくね。」


その日から私たちは、同じ名前同士、仲良くなっていった。

愛にとって、私は誰でもよかったのかもしれない。席が近かったから。そんな理由で片付けてしまえるものなのかもしれない。

それでも私は、最高に楽しかった。


「やっぱさ、同じ名前っていいよね。こうやってアイちゃんと仲良くなれてよかった」

だから、愛がそう言ってくれた時、私はものすごく嬉しかったのだ。だから、調子に乗ってしまったのかもしれない。

「そういえば、愛ちゃんの名前の由来って、なんなの?」

「母親に聞いたら、『アイ』っていう響きが可愛いからだってさ。アイちゃんは?」

全身から血の気が引いていくような気がした。どうして考えなかったのだろう。聞いたら、聞き返されるかもしれない、と。私は何も言うことができなかった。だから、

「ごめん。私、なんか嫌なこと言ったかな?」

という優しい愛ちゃんの言葉にすら何も返せなかった。


私の名前は、馬先哀。「アイ」という可愛らしい響きなのに、「哀」という漢字。かなしい。あわれ。そんな字。小学生の時まではずっとこの名前が大好きだったのに、中学校に入ってこの漢字の意味を知ってから、嫌いになった。

「私の名前の由来ってなんなの?」

母に1度、そう聞いたことがある。

「アイって、可愛いでしょう?」

たしか、そんな風に言っていた。そこまでは愛と同じ。なんで、と問い詰めたくても、私にその勇気はなかった。『生まれてきてしまってがっかりしたから』なんて言われたら、傷つくのは目に見えているから。

私は自分の名前が嫌いになってから、周囲の人の名前を覚えるのもやめてしまった。可愛い名前、可愛い漢字、ちゃんとした由来のある子と出会うたびに、妬んでしまう。愛のことだって、心のどこかで私は羨ましがっている。


「私さあ、本当はそんな由来じゃないんだ。『愛おしいから』っていう理由で、愛ってつけられたの。でもね、私小さい弟がいるんだけど、最近ずっと弟の方が可愛がられている気がするんだ。愛おしいから愛ってつけたんでしょ?その愛は、弟が生まれれば捨ててしまえるくらいの愛だったの?ってずっと思ってる。だからもし、哀ちゃんが言いたくないなら、言わなくても構わない」

私は泣いていた。私たちは、「アイ」という名前のせいでこんなにも傷つき、哀しんでいる。

「ねえ愛ちゃん。私、聞いてほしい」

同じ名前の愛になら、話してもいい。そう思えた。

私は愛に、全てを話したのだった。

「これは私の勝手な想像だけど、私ね、哀ちゃんの名前を初めて見た時、ああ、哀しんでいる人に寄り添ってあげられる人なのかな、って思ったの。実際さ、私がテストの点数悪くて落ち込んでた時、ずっとそばにいてくれたよね。私が哀しんでいる時、哀ちゃんはそばにいてくれたよ」

そんな小さなこと。私は、うまく慰める言葉が思いつかなかったから、黙っているだけだったのに。

「私、『愛』っていう名前がずっと嫌いだったけど、哀ちゃんに出会ってからら、哀ちゃんと同じ名前ならいいやって思えたよ」

人の哀しみに、寄り添える人。

愛ちゃんはそう言ってくれた。

もう、怖がる必要なんてない。私は愛ちゃんが褒めてくれたこの名前が好きだ。


もうすぐ、クラス替えがある。愛ちゃんと離れてしまうかもしれない。

それでも、愛ちゃんがそうしてくれたように、私も誰かに話しかけてみよう。

「あなたの名前は、なんていうの?もしよかったら、名前の由来も教えてよ」

と。




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君の名の由来は。 天くじら @tenkujira

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