8.神林祭魚[後]

 ――ねえ祭魚ちゃん、どうだった、私の神っぽさ。

 ――すごくなかった?


 私たちは信徒の前から姿を消したあと、町を駆け巡り、暴徒とゾンビの残党を殺して回った。そして町を隔絶する外壁やバリケードのほとんどを壊し、身体を洗ってこっそり服を取りに学校に戻ってから、明け方には町を出た。


 ――うん、すごかったよ、

 ――あ、バカにしてる。悪神を怒らすと怖いよ?

 ――違うよ。さすがの演説力だって感心したの。


 うっかり入信しそうになったもん。とは祭魚ちゃんの言い分だ。

 ……さて。

 さてさて。

 私たちは当て所なく国道脇を歩きながら、のんびりと次の目的を探していた。

 閉鎖された町にいたから実感はなかったけど、以外と車は走ってるし、国道沿いのラーメン屋も開いてたりする。以前に比べればかなり寂れ廃れているけれど、人々の営みはまだそれなりに残っているみたいだ。

 ――私たちはこれから、何をしてもいい。

 これ以上に強くなってもいいし、世界を滅ぼしたっていいだろう。

 なんとなく祭魚ちゃんの依り代を探したりとか、何か元に戻す方法を探ったりもしていいかと思うけど、これはこれで心地よく、当面はニコイチ神様で頑張っていきたいと思う。

 私たちは自由を得たのだ。

 祭魚ちゃんが少し神妙に語りかける。


 ――新嵐さん、アタシさ。

 ――うん?

 ――アタシはてっきり、祈りの淵は潰すんだと思ってた。

 ――ああ、そのこと?


 祭魚ちゃんの言うことはもっともだろう。

 私だって、それでもいいと思った。


 ――まあ確かにね。

 ――なんで残したの?

 ――ええ……ちょっと恥ずかしいな。

 ――わ、なにそれ。かわい。でも教えてよ。

 ――誰にも言わない?

 ――言わない言わない。言う相手が新嵐さんしかいない。

 ――あのね……あの……。

 ――うんうん。

 ――もっと信仰が増えて、力が強くなったら……

 ――うん。

 ――もっと暴力、振るえるかな、って。


 言っちゃった。恥ずかしいね。

 でも祭魚ちゃんは、そんなことで引いたり驚いたりしない。なぜなら彼女は、暴力が大好きだから。


 ――なにそれ! すっっっっごく嬉しい。

 ――私が好きな暴力を、新嵐さんも好いてくれるなんて。

 ――ああ素敵! 新嵐さんに肉体を上げて良かった!

 ――どうする? 次もゾンビと町をぶっ壊しにいく?


 ふふ。

 二人でいれば、良い旅ができそう。


 ――そういえば、ちゃんとお礼言ったなかったな。

 ――ありがとう、祭魚ちゃん。

 ――急に改まって。いいよ別に。

 ――むしろこっちがお礼を言いたいくらい。

 ――あ、そういえば祭魚ちゃん。

 ――なに?

 ――お礼ってわけじゃないけど、これ。


 私は服のポケットからひとつのお菓子を取り出した。


 ――え、なにそれ……。あ、カントリーマアム。

 ――そう、ぶどう味。

 ――あのぶどう味?

 ――そのぶどう味。祭魚ちゃんにあげたくて。


 以前もらって美味しかったから、祭魚ちゃんにも食べさせてあげたいと思い、ずっと上着のポケットの中に入れておいたのだ。

 まあ……祭魚ちゃんにあげると言っても、食べるのは私なんだけど。

 私は早速カントリーマアムパッケージを開ける。普通のカントリーマアムと違い、ほんのり紫色をしている。


 ――祭魚ちゃんに捧げるつもりで、食べます。

 ――ふっふっふっ、ありがとう、新嵐さん。

 ――それじゃあ。

 ――それじゃあ。

 ――――いただきます。


 私たちは二人でひとつ、同じものを味わった。

 ただのひとつのお菓子だけれど、二人で分かち合えるというのは、得難いものを得たのだと感じる。


 だけど――


 だけど私は、あのとき――祭魚ちゃんが私に捧げた身体を食べたとき、この世の何よりも、あるいはの何よりも、甘美なる滋味を味わった。

 ああ神林祭魚、神林祭魚、神林祭魚。


 ――どうしたの、新嵐さん?

 ――ううん、なんでもないよ。


 ありがとう祭魚ちゃん、美味しかったよ。

 なんて。

 品がないので、さすがに言うのはやめておいた。

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サクリファイス神ガールズ 立談百景 @Tachibanashi_100

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