第2話 本編
学食でうどんを食べていると、うさぎ柄のポーチ僕の隣にコトリと置かれた。いい香りがする。香りからして、中身はランチボックスか。
「ここ空いてるかしら?」
生徒会長が陰キャなクラスメイトの隣に着席するって
相手は同級生だが、僕はどうも彼女をみると敬語になってしまう。
「またうどんだけ? 別にいいけど、偏った食事は身体に悪いわ」
「いいんですよ。僕はこれで」
ささっと食べられ、ささっと退席できる。僕はこの料理を、いたく気に入っていた。
幼少期に過ごした家では、まともな食事すら出なかったから。
「ダメよ。これ食べなさい」
ミツキさんは学食のおばちゃんから、小皿をもらう。
「ほら、これもこれも」
プチトマト、卵焼き、ウインナーなど、自分のお弁当から抜き出して小皿へ移す。
「それだと、大兎川さんが食べる分がなくなります」
「いいの、食べなさい。これは交渉材料なんだから」
ミツキさんが、頬杖をついた。まだ、席を離れる気はないらしい。
「はあ?」
「あなた、生徒会に入らない?」
目を細めながら、ミツキさんは僕に交渉を持ちかけた。このお弁当は、対価ってわけか。
「三年が引退して、書紀の枠が空いているのよ。どうかしら?」
「他に適任者がいるんじゃ」
「まあ、いなくはないわね。でも生徒会に入っておけば、大学に行く際も有利よ」
内申点のことかな。
「僕は、大学に行く気はないので」
親の遺産では、高卒が限界だ。ここも、学費免除で入れるから入学しただけで。
「そこをなんとかできないかしら?」
「どうして、僕なんかにこだわるんです?」
やや強めの声色を使い、僕はミツキさんを突き放す。
「僕なんて、生徒会に必要な人材とは思えない。なのに」
「うーん、あなたが私を、特別な視線で見ないからかな?」
去年から、一年の段階で生徒会長になったほどの逸材だ。ミツキさんは周りから、どうしても奇異な目で見られてしまう。
だが、僕は彼女に興味がない。それだけだ。
寮があって、学費がタダで、学食にうどんが出る。僕はその程度の価値しか、高校に見出していなかった。
「部活もしていないんでしょ? 勉強ばかりで退屈なら、委員会でもいいから入ってもらえると」
「そう言われても、僕は生徒会に入る気はないので」
僕は、なおも断る。
「すいません。おかずは、いただけませんね」
小皿によりわけてもらったおかずを、僕はミツキさんに返した。
「気にしないで食べて。自信作だから、食べてほしいの」
そこまで言われて断れば、周りからどう思われるかわからない。
「では、いただきます」
本当は、すごく食べてみたかった。
女性が作ったと言うだけでも価値があるのに、ミツキさん手作りというのだから。
とはいえ、こういうのってたいていメシマズだったりするから、過度な期待はしないでおこう……。
「うま」
冗談抜きで、おいしかった。
頭でっかちが作れる料理じゃない。やや塩気の強い塩梅も、うどんと合わせるとちょうどよかった。プチトマトで味変して、舌をリセットしてもしてもいい。
顔に少し焦げ目がついてガングロになっている宇宙人ウインナーも、愛らしいではないか。
「今ちょっとニヤけたわね」
んぐ、と、僕はノドにウインナーを詰まらせる。慌てて、うどんのスープで流し込む。
「ありがとうございます。なんのお返しもできませんが、これを」
僕は、きつねうどんのお揚げを摘んだ。そのまま、ミツキさんに差し出す。
「え、お揚げをくれるの?」
「好物ですが、差し上げます」
ミツキさんが、破顔した。腹を抱えて、大声で笑う。
「おっかしいわ! あんた、やっぱり面白い!」
お揚げは「気持ちだけ受け取っておく」というので、遠慮なく食べることにした。おいしいから、オススメなのだが。
「まあ、いいわ。気が向いたら声をかけてちょうだい」
ミツキさんが、ランチボックスをポーチにしまった。
「そうだ。外出するときは気をつけなさい。連続殺人犯が、街をうろついているから」
そういえば、この近くでも大量の死体が発見されたとか。
「僕は、コンビニくらいしか行くとことがないので、遅くまでで歩きません」
「だといいけど、用心のためよ」
顔を近づけて、ミツキさんが念を押してきた。
僕から顔を離して、ミツキさんは去って行く。
ミツキさんが立ち去った後、僕はスマホを取り出す。
『ディーボーグになりたい人、集まれ』というSNSの書き込みをクリックする。
***** ***** ***** ***** *****
ジェイク VS 殺人鬼~モンスターの集団
僕は、ナビで記された森にたどり着く。
SNSで募ったディーボーグ志願者が、集まっている。
みんな死にたがっているということで、目がうつろで、将来に絶望した顔をしていた。前向きな熱い目をした人物も若干いるが、「ディーボーグの力で無差別殺人をしてやろう」という歪んだ劣情が見えた。
レインコートを着た男が、森に集まった集団の前に現れる。
雨が降っているため、顔がよく見えない。
「あなたが、例のジェイクさん?」
一人の女性が、傘を指しながら男に近づく。
「本当にあなたが、私たちをディーボーグにしてくれるんでしょうか?」
女性が、懇願するように男に詰め寄った。
「お願いです! 悪魔の力を得て、あいつを殺してやりたい! 若い女と出ていったあいつを――」
いい切る前に、女性の傘が吹っ飛んでいった。女性の手首ごと。
「ひい!?」
腕がなくなって、女性が悲鳴を上げる。しかし、その声も頭を切り落とされたことでかき消えた。
「ぎゃあああああ!」
森にいた集団が、パニックになる。
「ディーボーグなんて、なれるわけねえだろ?」
男が、レインコートのフードを取った。ピエロではあるが、それは仮面である。手に持っているのは、軍用のナイフだ。
「オレはなあ、お前らみたいな自殺志願者を殺すのが目的なわけ。死にたい奴らを殺すから、罪には問われねえよなぁ!」
ナイフを振り回しながら、男性が集団を追いかける。
ぬかるみに足を取られ、一人の女声が転倒した。
男が、女性の肩をつかむ。
「来ないで!」
「なにが来ないでだ! 死にたがっていたくせに、今頃怖気づいたのかよ!」
ナイフを逆手に持って、心臓を狙う。
僕は、漢の脇腹を蹴り飛ばす。
「ぐほおお!」
刃物男が、大木に背中を打ち付けた。その距離は、五メートルに及ぶ。
本気を出せば、木をへし折ってもっと向こうまで行っていたが。
「な、なんだテメエ!?」
「困ってたんだよねえ。僕のニセモノが現れてて」
フードを取って、僕は男に素顔を見せる。
「て、テメエ」
「そっ。僕こそ、本物の『ジェイク』さ」
ピエロの素顔を、男に向けた。
「キミが連続殺人犯だね? 僕になりすまして、いっぱい殺していたようだね。でも、やりすぎだ」
顔こそ笑っているように見えるだろう。が、今の僕は歯を食いしばって、怒りを抑え込んでいる。
「許さないよ。僕に黙って命を弄ぶなんて」
僕は、鋼鉄のワイヤーに、自分の血を流す。
「うるせえ! 死にたがっているやつを殺して、何が悪いんだよ!?」
立ち上がった男が、ナイフを手に取った。だが、その手は震えている。弱いやつしか、殺したことがないから。
「お前を殺したら、オレが本物のジェイクだ! 死ね!」
「その腕でかい?」
「ああ? ぎゃああああ!」
男の腕は既に、ナイフごと僕のワイヤーで輪切りにされていた。
硬く太いナイフを軽々と切断されて、男は心が折れたようである。
軍用ナイフなんて、僕にしてみれば紙切れにも値しない。
「た、助けてくれ」
「助けない」
力の差を見せつけられ、逃げる方法しか頭が回っていない。
だから、逃げるための両足を切断してあげた。
「自首する! だから命だけは!」
「いや。キミの命をいただきに来たんだ」
僕は、犯人の首をはねる。
ヘタに生かしておくと、ディーボーグにされかねない。
「キミたちも、帰りなさい。ジェイクがキミたちをディーボーグにするなんて話は、ただの迷信だ。そんな戯言など信じなくても、人は人として生きられる」
「そんなわけない」
説得を試みたが、やはり彼らの闇は拭えそうになかった。
「ディーボーグになれば、俺をいじめていた奴らに仕返しができる」
「そうよ。ディーボーグの力があレば、かかカレだっテ、帰ってきテくれる」
彼らの様子がおかしい。もしや。
「誰だ!?」
森の奥に人影が見えた。しかし、僕の声に反応はない。
「グアアアア!」
ディーボーグ志願者たちが、一斉に怪物化した。
魔物は、人間の身体なくして実体化できない。
ディーボーグは、魔物と融合しつつ機械制御をかけなければ、理性を失ったモンスターになってしまう。手順が必要なのだ。
こんなマネをするような相手は……あの男しかいない。
「く、
僕は、鋼糸に血を注いで更に硬度を上げた。
魔物が、大地を蹴る。僕を踏み潰す気だ。
こうなってしまっては、僕も反撃するしかない。
「グルルウ!?」
跳躍しようとした鹿の魔物が、腰から切断される。前足で進もうとするが、数歩進んだけで事切れた。
「ゲアア!」
別の魔物が、僕の背後から襲ってくる。カマキリの鎌で、僕の首を刈り取ろうとした。
怪物になりたての連中など、僕の敵ではない。ワイヤーで反撃を――。
三体同時に、魔物が破壊された。
「ん? 機関か」
僕は、後ろへ跳躍する。
純白の制服に身を包んだ少女が、ぼんやりと桜色に光る特殊な木刀を振るったのだ。
「
ミツキに、発見されてしまう。
対ディーボーグ対策本部「ポラリス」は、ディーボーグである僕の天敵だ。
ここは退くか? いや。まだ敵の数は多い。
「グウラアアア!」
「くうう!」
クマ型の悪魔と融合した怪物が、ミツキの防御を砕く。腐っても、常人よりはパワーが上か。
違う。アレは、複数のモンスターが融合している。しかも、人間の理性をわずかにのぞかせていた。ああやって機関を油断させて、反撃させないようにしているのか。
あんなのは、魔物の狡猾な手段に決まっている。
ウソだとわかっていても、ミツキの性格では仕留められないか。
「世話の焼ける!」
僕は、ワイヤーで魔物の首を切断した。この手に限る。
「ジェイクだ、客員戦闘配備!」
同じような制服に身を包んだ機関の工作員たちが、僕に銃を向けてきた。
助けてやったのに、と一瞬思ったが、僕たちは敵同士だ。対話などできそうにない。
僕は、鋼糸を新体操のリボンのように、自分の周囲に回転させた。
鋼糸で体を覆い、何発もの銃弾を切りつけて弾く。
「待ちなさい! 撃ち方やめい!」
ミツキが、自分より年上の部下たちに、指示を出す。
命令通り、配下の者たちが銃撃をやめた。とはいえ、せっかく相手を仕留められるところだったのにと、不満げな表情までは隠さない。
今のうちに、僕は退散することにした。
***** ***** ***** ***** *****
ミツキ視点:ネコミとの会話
ジェイクとの戦闘を終えて、ミツキは本部の自室に帰ってきた。
「おかえりニャ」
部屋には、猫耳の幼女「ネコミ」がポテチを食いながらノートPCのキーを叩いている。おおかた、またソシャゲのガチャでも回しているのだろう。
彼女の猫耳もシッポも、おもちゃではない。本当に生えているのだ。Tシャツと短パン姿だが、彼女はれっきとした「ポラリス」設立初期メンバーの一人である。こんな幼女が、平安時代から生きているなんて、誰が信じるだろうか?
「ジェイクについて、わかったことは?」
「なにもわからないことが、わかったニャ」
「あんたでも、わからないことはあるのね?」
「というか、ジェイクはポラリスにとっては『強いディーボーグの一人』ニャ。だから、優先事項じゃないニャ」
もっと大物を追っている。
「ほとんどの工作員が、『ダスト』の方を追ってるニャ。そっちの被害のほうが甚大だニャ」
ダストとは、ディーボーグの中でも最大被害を出した人物だ。姿なく現れ、要人を殺害していく。手口が毒ガスのため、『ダスト』と呼ばれていた。
「私のところには、現れないのよね?」
「海外で活動しているニャ。それに、ミツキの本来の能力は『治癒・浄化』ニャ。ディーボーグとはめちゃ相性悪いから、ヘタに相手も手が出せないニャ」
たしかに、ミツキの力は、ディーボーグになった人たちを救える。
だが、それは退魔にすぎない。体内の悪魔を、破壊できるだけ。
浄化された人間は、また人としての地獄を見ることになる。
それは、救いなのだろうか?
「お前が落ち込むことはないニャ。そもそも、人が人を救おうとすること自体、おこがましいニャ。人にかぎらず、あらゆる生命体は勝手に生まれて、勝手に死ぬニャ。オイラも例外じゃないニャ。人より寿命が長いだけなのニャよ」
よし、と、ネコミがPCの操作を止める。
「何をしたの?」
「ドローンで、ジェイクを追跡していたニャ。まいたつもりニャろうが、そうは行かないニャー」
画面に、ジェイクの潜伏先が映し出された。
「……ウチの学校の寮だわ!」
しかし、そこで通信は切れてしまう。
「ニャー。ドローンを攻撃されたニャ」
①血濡れの赤い糸《ワイヤー》は、錆びつかない戦う ~JKに恋をしたピエロが、闇の力で魔を討伐する~ 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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