第2話

 プロローグ


 人は分からないことに恐怖するらしい。

 僕もそれは思う。

 何で、あの人はあんなことしたんだろう。ちょっと悩むことはあるけれど、まあ、あとで本人に聞けば良いかなと思っていた。僕がそう考えて実行するまでに他の人とは大分差があるのだけど、とりあえずはそれでいいや、と決めたんだ。

 とりあえず登校だ。

 朝のドリップコーヒーは必ず行う。

 これをすることで僕の脳の活性化、いや今更脳の活性化してどうすんねん、という話かもしれないが、これほど生きてきても刺激的な要素というのは必要なのだ。

 コーヒー専門店の通販で買ったコーヒー豆。

 ケニア産のフルーティーでジューシーな酸味のあるのを選んだ。それを熱心にドリップし、愛用のマグカップに注ぐ。『命は大切に』みつおと名前まで筆で書かれたマグカップ。さながらケニアに咲いたフルーツの命を味わうように、軽やかな黒に詰め込まれたエネルギーを摂取する。はぁ、生き返るね。

「行ってきます」

 僕は一人暮らしだけど、何となく言っておく。

 こういう形式は大切だ。形式がないと、人はぐにょんぐにょんになってしまう。

 人って、自由にしすぎるとどうしても怠惰でぐにょんぐにょんになっちゃうんだよね。多分、僕が学校に通うのもそれが一番の理由だろう。

 電車に揺られて、学校へ。

 電車から見える光景も都会のようにビルが林立してるわけじゃなく、むしろ田んぼだったり何もない畑だったりがほとんどだ。

 寂れた田舎町。

 畑も何か作物を植えるのではなく、ただ土地を余らすだけの何も植えられていない場所。いわば廃墟のようなもので、たまに小動物の死体が転がっていたり、無造作に誰かが捨てた空き缶が目に映ったりもする。それに不愉快を感じたり、むなしさを覚えたりもする。

 季節はそろそろ寒くなり、東北では雪も降っているっけ。だからか、この地方に来る風も冷たく、ここら一帯の光熱費は急騰すると予想される。

 僕はもう寒さも感じにくくなっているのでほんとはいらないが、周りに不審に見られないように厚着をした。ロングコート、マフラーに、手袋。

 イヤホンで音楽を聴いていたら、数人に挨拶された。そういえば、コードでつながれてるイヤホンで聴くのはもう時代遅れらしいね。そんなの知らないよ、ったく。

 教室に着く。

 まだ数名しか来ていない朝早めの景色。

 そこに、この学校一の美少女と言われる不穴(ふあな)さんを目撃した。

「おはよう、不穴さん」

 僕が挨拶すると、不穴さんは目を大きく見開き「……え?」と声を上げた。

 いや、上げたというか。言葉がボソッと漏れたような感じだ。

 おいおい、どうしたんだい。不穴さん、僕に惚れてしまったのかい、とプレイボーイなら言うのだろうがまだまだ若造の僕はそんなことは言えず、「ん?」と返すだけしかできなかった。

「………」

 教室では僕ら以外にも人がおり、話し声が聞こえる。

 声と声は重なり、不細工な形のミルフィーユとなる。

 だが、僕と不穴さんはまるで世界に二人だけになってしまったかのような沈黙。

 何も重ならず、視線だけ交差して衝突して消えてしまったかのようになる。

「あなた、誰?」

 彼女は聞いた。

「誰って、僕だよ。比曽克巳(ひそかつみ)。同じクラス、といってもこの学校の太陽であるきみとは違って日陰に生きるクラスの背景のようなもの。成績はちょっといいけど、体育はあまりよくない。友達も少ない、ようするにごく普通の男子生徒だよ」

「違う、何言ってるの。だって」

「だって?」

 だって、何を言おうとしてるんだい。

 不穴さん。

 彼女はそういうことじゃない、あたしが聞きたいのはそういうことじゃないのとでも言わんばかりだ。

 続きを聞こうとしたが。

「不穴!」と僕らの話をさえぎる声が来た。明るい女子生徒が乱入して不穴さんに抱きついた。「おっはよう! にゃはははっ――ん? どうしたの。え、誰この男子生徒」

 あ、ちなみにこの女子は僕もあまり知らない。

 えーと、野々村ノアだっけ?

 いや、名前は知ってる。この子も可愛いし。可愛い子に注目するのは男の子の宿命じゃない。ほら、ツインテールなのも可愛いし。でも、直接話したことはない。だから、僕も彼女も赤の他人。だから、誰って言葉も分かる。

 ――そう、何も矛盾してない。

 矛盾したこと言ってあのは、不穴麻里さんだけだ。彼女とは初対面じゃないんだよ。

「………」

 不穴さんは、まだ張り詰めた顔で僕を見つめていた。

 ダメだな、これじゃ話は続けられなさそうだ。

 いいさ、どうせいずれ話してくれるだろう。と、僕は彼女から離れた。「あ、ちょっと」「それより、不穴。また、私とさ」背後に声が聞こえたが、無視する。

 そこからしばらくして先生が現れ、HRがあり、授業があり、昼休み。

 食堂に行った。

『そういやさ、あいつどうしてんだろうな』

 と、声が聞こえた。

『あいつだよ、あいつ。ほら、結構人気者でさ。なのに、急に行方不明になったあいつ』

『そういえば、どうしてんのかな』

『親も心配してるらしいけど』

『案外、東京に行ってグレてたり』

 僕は適当にきつねうどんを注文する。

 昼休みが終わり、午後の授業。それも終わり、放課後。

 僕は適当に支度して帰ることにした。

 また電車に揺られてごとんごとん、になる前に。駅前で多少寄り道した。

「………」

 気のせいかな。

 人がつけてきた気配がしたんだけど。

 僕は適当にコンビニで時間をつぶし、また駅に行こうとする。

 そして、途中で不穴さんに話しかけられた。

「ごめん、えーと比曽くん。だよね?」

「え、あ、うん」

「ごめんね、朝は。ちょっときみのこと覚えてなくて」

「あーそうだよね。僕、影がうすいから」

「い、いやいや、そういうことじゃないの」

「はははっ、ごめんごめん。分かってるよ。冗談だよ冗談」

 いや、影がうすいのはほんとだけどさ。

 電車に乗る。

 何気ない日常のほんとにどうでもいいワンシーン。なはずなのに、不穴さんがいるだけで大分違って見える。

 人生、どれだけ生きようともたった一つの嫌なことで全部が嫌になるし、逆に幸せなことが一つでもあれば、少しはマシになる。

 今がそれだ。不穴さんは肩まで伸ばしたくらいの長髪、黒いそれはカラスのぬれは色といっていい艶やかな黒をしていた。目鼻立ちも整っていて、電車の広告に載っているグラビアアイドルの切り抜きよりも、彼女の方が綺麗に見える。

「ねー、比曽くん」

「え、何?」

 ごくっ、と思わず唾を強く飲み込んでしまう。

 がんばれ、がんばるんだ、比曽。と己を鼓舞する。美少女と話すことなんて人生でそう経験することはない。今僕はライトノベルのラブコメ主人公となって人生を謳歌するんだ、と応援していた。

「ちょっと、寄り道しない?」

「えっ」

 何だろ。寄り道?

 え、ちょ、ええええええええええっ!?

「い、いいよ?」

 がんばって僕は、いや僕は別に何も期待してませんけどね。あれだよね、寄り道って友達だったら、明るい人達だったら誰でもする行為だよね。分かってる分かってる、僕は勘違いしてないよ。あれだよね、エッチなことじゃないよね。

 と、余裕ある態度を見せつつ。

 内心はかなり動揺していた。

 だって、そうじゃん。

 え、寄り道だよ?

 これまでの人生、僕は何度美少女に寄り道しない、と尋ねられたことか。炎上したり、死ぬような目には何度も遭ったりしたけどさ。こんな天国のようなチャンスはそんなにない。いや、全然ないよ!

「そう、それじゃーね」

 と、彼女は本来僕が下りるべき駅を通り過ぎ――というか、大分電車に揺られ、それまではそこそこの数がいた車両もお葬式のように人がいなくなり、消えていき、僕ら二人だけになる。辺りは山に囲まれ、というかほぼ山のど真ん中に置いてかれる。近くに建物らしきものはいくつかあるが、ほとんどは廃墟のように見える。

 え、ちょ、こんなところで下りるの?

 え、もしかして――もしかしてですか?

「ほら、ここ。ここの病院に用があるの」

 案の定、彼女は僕を廃病院に連れてった。窓ガラスは尾●豊まがいの誰かに破壊されたのか一つも存在せず、代わりに床に散らばっていたり、ベッドも虫が大量発生してそうな有様。え、こんなところで何。僕、一体どうしちゃうのと興奮してしまう。

 いや、落ち着けよ。僕。

 この流れだとさ。

「はは、すごいところでしょ。大分前に廃病院になったらしいんだよね。今じゃたまに不良がたむろするくらいらしいけど。でも、寒くなるとそれもなくなるんだって。ほら、ベッドとかも虫が巣くってそうだしさ。長居するには寒さがひどすぎて誰も居着かない。だから、ここはほぼ透明の場所なの。何しても誰にもバレなさそうなとこ。あ、でも実はシャワーとか未だに使えてたりしてさ」

 刺された。

「――ん?」

「だから、殺すには丁度良いんだ」

 と、すごい満面の笑みで言う不穴さん。

 あぁ……やっぱり……ねぇ……そうか。


 ◆


 不穴さんはその後、死んだ僕の遺体をバラバラに切り刻んだ。

 女子高生にはすごい重労働なはずなんだけど。意外と力持ちなのか、ノコギリや斧で手際よく僕を解体していく。あの様子だと、僕が初めてじゃないな、こりゃ。ちょっと残念。

作業する際は全身に雨合羽をしていた。匂いはどうなるかな、あれ。そういえば、かなりきつい香水をしてきたことがあるっけ。不穴さんは、あれってそういうことか。

 僕はかなり細かく解体され、ミキサーでされたかのような状態にまでなる。女子高生の体力でできるとは思えないが僕も僕だし、世の中不思議なことがあるのだろう。血はシャワーで流し、細かい肉片や骨は焼いたりしてさらに細かくし、そこら編の川に捨てた。

「えへへっ」

 最後、不穴さんは可愛い声を出して僕の生首を持ち帰る。

 ちゃんと切断面は火であぶって血が出ないようにし、ビニールで何重にもしている。

 家に帰ると冷凍庫にでも保存するかな。いや、ホルマリン漬けか。生首を持ち帰るってそういうことだよね。

「はぁ……」

 ま、そういうことだよね。

 そうさ、僕にそんな上手い話があるわけない。

 相手は殺人鬼ってとこかな。一人や二人の数じゃないだろ、あの手際の良さ。

 はぁぁぁっ、ほんと残念だよ。

 翌日。

 僕はまた不穴さんに挨拶した。

「……あなた、何者なの?」

「だから、僕は比曽克巳だって」

 そういうことじゃないよね。

 あたし、あなたを何度も殺してるのに。どうして、翌朝になると平然と生き返ってるのよ、ということだろう。

「昨日はお疲れ様」

 ま、それを詳しく語る義理もあるまい。とりあえず、お昼休みに色々彼女を問い詰めてみようかな。

 どうして、僕を殺したんだい。と聞かなきゃいけないからさ。


 第1章


 不穴さんは昼休みになると、どこかに出かける。あれほどの美貌だから友達も多いはず。というか、よく休み時間にケラケラと明るい声で談笑してるのを見たことがある。昼休みの居所なんて無数に存在してるはずなのに、何故か彼女は一人で行動することが多い。

 気がついたら彼女はいなくなっていたので、ブラブラとあちこち探した。

 おそらく、一人になるってのは理由があるんだろ。

 で、その理由も昨日殺された僕なら分かる。

 うちの学校には新校舎と旧校舎があり、旧校舎は大正の時代に建てられたらしいもので老朽化も古く、生徒には近づくなと言及している。で、彼女はそこに行ってるのだろう。先生は悪い生徒が出入りしないようにたまに巡回したりもしているが、あの優等生の不穴さんがそんなことするはずない、と思ってるのもあるし、先生から巡回の時間も聞いてるかもしれない。

 案の定、もう使われなくなった音楽の教室にいた。

「ほんと、不思議だよね比曽くん。何であの人、生き返ってるのかな。だってきみの首はここにあるし。なのに、どうしてまた生前の比曽くんが現れてるんだろ。もしかして、五人兄弟? いや、そんな噂聞かないし。でも、それくらいしか可能性ないよね」

 いた。

 不穴さんは誰かと話してる。

「ねえ、きみは何か知らない?」

 沈黙。

「んぅー、どうして答えてくれないの。ねーってば」

 ドアを少しだけ開けてのぞく。

「……ぅぁ」

 僕はドン引きしていた。

 彼女、僕の生首と話をしていたよ。

 大きめのビニール袋に入れてホルマリン漬けにでもしてるのかな。目を開けたままの僕の生首が、彼女に抱きかかえられている。彼女の豊満な巨乳に抱かれたりもしてちょっと羨ましくも――ないな。あれは流石にない。

 はははっ、ラブコメのヒロインが殺人鬼って。

 そんなのありかよ。

 いや、あの娘はヒロインなのかな?

 ヤンデレヒロインが一時期流行ったことあるけど、ほんとに主人公を殺してはなかったよね。ある作品もあるかもしれないけどさ。ねー、それ僕の生首なんだけど。

「――誰!?」

 と、不穴さんは叫んだ。

 すぐさま臨戦体勢になる。懐から折りたたみ式ナイフを取り出し、我が子を守るように大事そうに僕の首を片手で抱える。

「いや、それ僕の首なんだけどね」と悲しくなるよ、僕は。ドアを開けて姿を見せた。

「……あなた、何なの。一体何なの」

「そう言われましても」

 僕だって自分のこと何でも知ってるわけじゃない。

「あなたは、あたしが二回も殺したはずでしょ!」

 そう、僕は彼女に二回殺されてる。

 昨日廃病院で殺されたのと――そして一昨日、彼女と放課後たまたまこの旧校舎に呼び出されて殺されたときだ。

 ははっ、立て続けに二回も殺されるなんてね。

「……ねえ、これって一体どういうことなの?」と不穴さんは僕の首に話しかける。

「おーい、僕はここにいるよ。首に話しかけないで」

「来ないでよ、化け物!」

「いや、それさ。人殺しが言う?」違うか。「きみは殺人鬼か。多分だけど、ここ最近行方不明者が出てるけど、それも」

 問うてみるが、彼女は反応しない。

 ナイフを構える手は震えておらず、慣れているようだ。ビシッと武士のように微動だにせずに構えている。

「不思議だよね」僕は彼女には近寄らず、でも近くの席に腰かけた。ん、汚れてないか確認した方がよかったかな。「きみは誰よりも恵まれてると思ってた。みんなから愛され、そして期待に応えるだけの能力もある。そんなきみが、どうして人殺しなんてしてるんだい」

 不穴さんは答えない。

「言っておくけど」僕はナイフを構える彼女に言う。「殺人鬼は、クズだよ?」

 ついでにもう一つ。

「人を殺した奴は、もうもどれない。ゴミクズだよ」

「それ、あなたが言うの?」だが、意外にも不穴さんは言い返してきた。「あのね。あたしは、これまで狙いを外したことはない。そう、確かにあたしは人殺しよ。殺人鬼よ。でも、だからこそ分かるの。こいつは、殺しても問題ようなクズだって狙いがね」

「すごいこと言ってるよ、きみ」

「あたしは、同じ人殺ししか殺さないの」だからと、彼女は言う。「あなたを殺したの」

「……あのね、それってさ。何か証拠とかあるの」

「あたしの勘が証拠」

 何言ってるんだこいつ。

 やばいな、殺人鬼にも種類があるだろうがこいつはサイコパスだろうか。

「何? あたしの勘は間違えてる?」

「間違えてるよ」

「嘘。あなたは嘘を言ってる」

「あのね」

 そう、その通り。

 彼女の指摘は間違っていない。僕は、過去に人殺しをしている。

「いや、だからって人殺しを正当化にはならないでしょ」

「いいじゃない。あなたも人殺しをしたんでしょ。というか、あなたはそれ以前の問題! 何なの!? 人の命は一個だけでしょ。どうして生き返ってるの。というか、何、死んでないの? この死体は偽物なの? ――なわけないか。解体してるとき、ちゃんと人の死体だったし」

 論理的に物事を考えられるらしい。

 驚いたな、サイコパスではないのか。

 いや、何がサイコパスかって判断できるほど人生経験はないけどね。僕。

「というか、あなたは何しに来たの? ――は、まさか」彼女は僕の首を抱きしめる。「この子を奪いに来たの?」

「いや、あの。それ、僕の首なんだけど」

 何で我が子を守る母の目してるの。不穴さんは僕を殺して首をホルマリン漬けにしてるんだよね。何で僕が悪いみたいな感じになってるの。

「そうか。なるほど、ようするにあなたは。あれね。――落とし物を拾われて、落とし主が何も払わないで帰ろうとしてるようなもの。言っておくけどね、落とし物は拾われた際にいくらか献上するべきなんだから!」

 献上って、すごい言い方だな。

「まず、僕はその首を欲しいわけじゃないし。あと、それは落とし物じゃないし……いや、命は落としてるか」

「うまい」

「うまいこと言ったつもりないよ?」

 うぅ、と彼女は泣きそうな顔で僕の首を抱きしめる。いや、その光景だけ見ると僕と代われ、と一瞬だけ思っちゃうな。いやいや、落ち着けよ僕。あれ、僕の首だからな。頭だから。というか、人の頭ってスイカくらいの重さあるって聞いたけど、彼女平然と持ち上げてるな。怪力なのか?

「じゃあ、何しにきたの? く、首はいらないんだった。あ、復讐しに? や、やめてよ。あたしはただ――ただ、人を殺したかっただけなんだから!」

「うん、それがかなりまずいんだけどなあ」

 こうして話してみると魂の根っこまで殺人鬼って感じするな。残念だなぁ、これまで何度か話したことあるはずだけど。こんなやばい人だとは微塵も疑ってなかったよ。

「ここに来たのは、いくつか理由がある。不穴さんのことを知りたかったってのが大きいかな。今こうして僕は生きてるけど、だからって何度も殺されたのが平気だったわけじゃないんだ。だから、僕を殺した相手に話を聞きたいのは普通だろ。おいおい、どうしてきみはこんなことしたんだって。誰だって聞くだろ?」

「いや、普通人は生き返らないけど」

 おそらく、彼女なりにどうしてこんなことが起きてるのか。

 僕の正体について探っている。及び、考えているのだろう。

 多分、一番妥当な考えが複数いる兄弟説かな。それこそ某アニメのように五つ子とでもさ。違うよ、僕はあくまで僕だ。一人しかいない。

「再生した――てわけじゃない。だって、あなたの首はここにあるし。だとしたら、五つ子みたいなのがいるってことになるけど。でも、そんなの聞いたことないし。複数兄弟がいるにしたって、誰かが噂してそうなものだけど」

 ついには声に出して僕のことを考えている。いや、いくら考えても答えにはつかないけどね。

「もう一つ、ここに来た理由がある。これはすごく単純というか、当然の権利だよ」

「何? この子ならあげないわよ」

「いいよ別に。いや、きみのものってわけじゃないけど」それ、僕の首なんだけどなぁ。もうすでに僕の魂はないけどさ。せめてちゃんと火葬とかしてくれないかな。「僕のこと、もう殺さないでくれよ」

 そう、これが本題といってもいい。

 もう、僕を殺さないでくれ。

「それはムリ」だって、と不穴さんは言う。「だって、もう殺してるもの」

「え?」

 気づいたときにはもう遅かった。僕の首には、彼女が手に持っていたはずのナイフが――刺さっていて。


 ◆


「すごいな」僕は驚嘆した。「きみ、殺すのに慣れすぎでしょ。僕もそれなりに慣れてるけど全く気づかなかったよ」

「………」

 彼女はすぐさま距離を取る。

 僕はそれをにこやかに笑いながら直立していた。

 さっきまで僕がいた座席には――僕の死体。首にナイフが刺さった状態の僕がいる。いや、あの状態だと即死ではないから。歯に仕込んだ毒も使ったけどね。

「何、何なの? あなた、一体どこから!」

「違うよ。僕は五つ子じゃない。僕は僕、比曽克巳さ」ただし、普通じゃない。「一応、不死身なんだ。何度殺されても僕はこうして蘇る。無駄だよ。きみが想像してるよりももっと上だ。僕はこれまで相当な数殺されたり死んだりしてるけど、こうして今も生き続けてる」

 殺しきるのは不可能だよ、と彼女に言った。

「……ば、化け物なの?」

 不穴さん――いや、不穴は幽霊に出くわしたか弱き乙女のような顔をした。

 おいおい、きみは殺人鬼だろ。不愉快だ。

 そうさ、どうせ分かっていた。僕のこれについて知ると、みんなそういう顔をするんだ。例え、それが何人も殺す殺人鬼でも同じ。僕を、化け物扱いして。

「それって――いいじゃない」

「は?」

 あれ、思ったのと違うぞ。

 途端、彼女は目をキラキラと輝かせた。

「それって、何度殺しても大丈夫ってことでしょ!?」

「………」

 いや、だからさ。殺すなよ。僕は唖然としてしまった。


 それから二週間ほど経った。

「カッちゃん」と、某野球漫画の幼なじみが言うようなあだ名で呼ぶ不穴麻里。「お昼、いっしょに食べよう?」

 周りは騒然となる。

 いつも一人で食べることが多い不穴嬢。彼女を誘う声も相当あったはずだが、そのどれもが選ばれず、拒絶され、もうみんな絶望の淵にあきらめていたのだ。それが、急にこの何の取り柄もなさそうな男に『いっしょに食べよう?』だとぉぉぉっ、と殺気が一気に僕に集まった。

「………」

「さ、ほらほら。いっしょに行こうよ。あたし、きみのお弁当も作ってきたんだ」

「……あ、うん」

 周りの殺気も怖いけどさ。それよりも、この娘の方が怖いよ。

 だって、こいつさ。

 殺人鬼だよ?

「はい、あーん」また誰も使ってない音楽室に連れてかれる。で、そこでお弁当を食べさせてもらう。中身はタコさんウインナーに、だし巻き卵、ほうれん草のおひたし、などなど色彩も豊かだし、栄養もバッチリ、すごく健全なものだった。「どう? おいしい?」

「……ん、あぁ、お、おいしいよ」

「よかったぁ」

「今回は毒がなくてほんとによかった」

 この二週間、こんな感じで殺人鬼ヒロインと昼食を共にしている。ちなみに、二週間の内二回は毒を仕込まれて殺された。

「あ、毒あった方がよかった?」

「なくて正解。なくてよかったから。前振りじゃないからね? ほんとに毒がなくてよかったと思ってるから」

「またまたー」

「またまたじゃないよ! すごい気軽に人を殺さないで!?」

 彼女といるとすごい調子が狂うな。

 何だろ、話してる感じとかはライトノベルっぽいというか。典型的なラブコメヒロインみたいなんだけど。何だろうな、何か違うよな。うん、この子は殺人鬼なんだよな。

「ほらほら、怒らないでよ。ふふっ、ほんとはあたしみたいな美少女に言い寄られてうれしいでしょ? どうよ、どうなのよ。この、この」

「いや、すごい気軽な感じで接してるフリをして攻撃しないで。ナイフで刺そうとしないでね」

 危なく手を掴んで防いだ。「ちっ」と彼女は舌打ちする。この殺人鬼、何でこんなに気楽な感じで人を殺そうとするかな。

「でも、きみのおかげで助かってるのはほんとだよ。あたしさ、どうしても殺人衝動が強くてね」

「そのようで」

「だけど、きみがいてくれるおかげで最近は死傷者がゼロだよ? へへっ、大助かりだよ」

 警察に通報した方がいいんだろうか。

 でも、他に誰かを殺した証拠があるわけでもないし。家を捜索すればあるかもしれないけど、普通の高校生の意見だけじゃそこまできないかな。それに、その中に僕の首があれば違う方面から目をつけられる可能性もあるわけだし。

「きみは、どうして人を殺そうとするの?」

「え、そこに人がいるから」

「最低な登山家だなぁ」

 何の理由もないのかよ。快楽殺人、には見えないのだけど。

「どうしてかね。あたし、好きな人ほど人を殺すんだ」

「え?」

「いやそこで顔が赤くなるきみも大概だよね」

 ホントにその通りで、何も言い返せない。

「何でかね。好きな人、好意を寄せてる――近しい人ほど、あたしは殺人衝動が芽生えちゃうの。だから、これまで大変だったんだよ」

「これまで?」

「うん、ほらあたしって親がもういなくてね」

「………」

 それは、えーと。ど、どういうことだろう。聞くのが、ちょっと怖いんだけど。

「それは、親がいないから殺す人がいない?」僕は頼むから、これが彼女が言おうとしたことであってくれと願った。まだ、その方が救いがある。

「違うよ」だが彼女は否定した。「昔、一家惨殺事件があったのね。あたしの家に。それ、あたしがやったの」

 あたしが、家族を皆殺しにしたの。と、不穴は言ったのだ。

「………」

「あれは悲しかったな。殺すとさ、もう会えなくなるじゃない」

「何を言ってるんだ、きみは」

「もっと、早めにきみに会えればよかったのにね」

「誰が化け物だよ」化け物――いや、ゴミクズはお前じゃないか。

「もう、近しい人がいなくなるのが嫌だからさ。最近はセーブしてたの。そう、人殺ししか狙わないようにしよう。同じ人殺しなら親近感も湧いて好意をもてるからね。ただ、そうそう定期的に殺人犯がいるわけじゃないから苦労したけどさ」

 彼女はぱくぱくと自分で用意した弁当を食べている。

「………」

 僕は罪悪感など皆無だった。これは、二度目の殺人となるのに。

「――ぅ」

 不穴は喉を抑えて倒れ込む。

「きみ、死んだ方がいいよ」素直に感じた。こんな奴は初めてだ。「でも、僕は警察に通報できない。それこそ難儀な力を持ってるからね。この国のお偉い方々に存在を知られたくはないんだ。だから――きみを殺す。僕は、これでも最低限の正義感はあるんだよ?」

 クズは殺す。

 それくらいの発想は、最低限持っている。

 クズなんて、人に言っていい言葉じゃないと思う。でも、これはダメだろ。親とかも平然と殺すような奴にさ、普通に対応できるわけないじゃない。

「……あぁ、死ぬかと思った」

「は?」

 だが、彼女は死ななかった。

「毒入れてたんだ。びっくりしたよ、もー」

「いや、あの……え、何で? 結構、致死性が高いはずなんだけど」

「過去に、こんな自分が嫌だって自殺しようとしてね。で、何度も失敗しちゃって、そしたら大概の毒は耐性しちゃったの」

 彼女は愉快そうに笑う。

「えへへ、これでおそろいだね?」

「………」

 いや、僕は何回もきみに殺されそうになったり、殺されたりしてるけどな。

 というもんでもないだろう。

 どうやら僕は、この殺人鬼としばらく付き合うことになりそうだ。

「ははっ」苦笑する。

 ただ、唯一彼女に好感を持ったことがある。

 彼女は――僕を、化け物と遠ざかったりしなかった。かなり利己的な理由があるにせよ、彼女は僕を恐れなかった。

 普通じゃない、死なない化け物なのに。


(了)

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②殺殺大殺、ちょう殺してる。 蒼ノ下雷太郎 @aonoshita1225

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