第106話 偽たくあん聖女20
「これが、諸君らを危険に晒した、“偽”たくあん聖女だ」
鋭く尖った視線の矢が、絶賛気絶中のアメリアへと集中していく。
あれだけたくさんの人を傷つけてきたのだから当然と言えば当然だが、その殺気混じりの視線に私の身体に思わず力が入る。
大勢の人間から漏れ出る嫌悪感。
私はそれを知っている。
それを一身に受け、私は追放されたのだから。
「ん……」
アメリアの瞼がふるりと震え、彼女のピンク色の瞳がゆっくりと開かれた。
思ったより意識が回復するのが早かったわね。
「え……、な、何よ、なんなのあんたたち!?」
目が覚めると嫌悪感と殺意の篭もった視線に囲まれたアメリアは、さっきまでの勢いはどこへやら、私とよく似たその顔に恐怖の色を滲ませ身体を強張らせた。
「俺たちに危害を加えたのは偽物だったのか!?」
「支払った対価を返せ!!」
「ここへ引き摺り出せ!! 同じ目に合わせてやる!!」
「ひっ……!!」
激しい怒号が飛び交う中、傍観者を決め込んでいた私にアメリアの怯え切った瞳が向けられた。
「お、お姉様、助けて……!! 私、殺されちゃう!!」
私のところまで這って進みスカートの裾に縋りつき助けを乞うアメリアに視線を向ける。
ピンク色の瞳に浮かんだ涙。
いつも大勢の人に蝶よ花よと可愛がられ、こんなにも大勢の人に敵意を向けられることのなかった彼女にとっては恐怖でしかないのだろう。
でもそれを見ても、今の私には何も感じない。
あるのはただ、怒りのみ。
「何で私があなたを助けなくちゃいけないの?」
「え……?」
まさかつけ離されるとは思っていなかったのだろう。
呆然とした状態で私を見上げるアメリアに、私はただ淡々と言葉を紡いだ。
「大人しく捕まっていればよかったものを、あなたは私の1番大切な人を殺そうとしたわね?」
「そ、それは……」
「ねぇアメリア。私、自分のことなら大抵のことは目をつぶれるの。だってそうでしょう? あなたに婚約者を奪われても、父母の愛情を全て取られても、お気に入りのアクセサリーを取られても、私、あなたを殺そうとはしなかったわ。復讐しようなんてことも思わなかった。でもね──?」
穏やかに、冷たさを帯びた笑顔を双子の妹に向け、私は彼女の耳元でこう囁いた。
「私の旦那様を殺そうとしたあなたを、今、私はものすごく殺してしまいたい気分なの」
遠巻きに見ている群衆には聞こえない程に小さな声だけれど、おそらく私のそばにいたクロードさんやラズロフ様、カデナ殿下には聞こえてしまっただろう。
私に植え込まれた、非情で冷酷な部分が。
「そ、んな……お姉、様?」
いつでも何をしても助けてもらえるなんて、許してもらえるなんて、彼女と彼女の
何事にも超えてはならない一線があるように、私にもそれはあるのだ。
「殿下!!」
そこへようやくブックデルの騎士達が駆けつける。
「この者を貴族牢へ。たくあん聖女を騙って国民を傷つけた偽物だ」
カデナ殿下が騎士達に指示を出すと、騎士達はアメリアの両脇を抱え上げ、連れて行く。
前に連行された時はひどく喚いていたけれど、今回はただ呆然と、意気消沈している様子で連れて行かれる彼女に背を向けて、私は群衆に向かって声を上げた。
「皆さん、私はリゼリア・グラスディル。フルティアで聖女をさせていただいています。今回の偽物の件で、身体を壊された方、怪我を負った方もいらっしゃると聞きました。ですがどうか今一度、たくあん聖女を信じていただけないでしょうか? このたくあんで、私にみなさんを癒やさせてください」
私の背後には巨大たくあん。
これを無駄にはできないし、偽たくあん聖女の騒動は一応身内のしでかしたことだもの。
私にできることをしたい。
私の言葉に戸惑ったように隣の人と顔を見合わせる人々。
そしてぽつりぽつりと、「まぁ、あんたに危害を加えられた訳じゃないしな」「信じてみよう」という声が上がり始めた。
私はそれに安堵の表情を浮かべると、クロードさんに向き直った。
「クロードさん、光魔法で包丁作れます?」
剣が作れるならば包丁だって作れるはず……!!
そう考えた私がクロードさんに尋ねると、彼は「もちろんだよ、うちの逞しい奥さん」そう言って瞬時に光の包丁を作り上げた。
すごい、本当に作れた!! 便利!!
形は包丁そのものだけど神々しく輝くそれを受け取ると、私は巨大たくあんへとそれを入刀し、ひと区画を切り取った。
……この大きさだと流石に切りわけづらいわね。
やっぱり台が無いと──ぁ……。
「兄さん!!」
「まだその芝居続いてるのか……」
「スキルで作業台を作ってください!! 可愛い妹のために!!」
「……ほれ」
いやそうな顔をしながらも、私の胸下辺りまでの高さの氷の作業台をスキルで作り上げてくれたラズロフ様、いや、兄さん。
「ありがとうございます兄さん!!」
私はにっこりと笑ってお礼を言うと、早速切り取ったたくあんをその台の上へと乗せ、光の包丁で薄く切り分けていく。
スルッ、トン。
スルッ、トン。
あっという間にたくあんスライスの出来上がりだ。
「さ、皆さん、どうぞおつまみくださいな」
美しい氷の上にスライスされた黄色のたくあん。
アメリアが渡してきた謎物体をたくあんだと思っていた人々は、本物のたくあんを前に興味津々と言った様子でそれを覗き込んだ。
「ふむ。先ほどの偽聖女が持っていたものよりも耐えられる匂いですね。いただきます」
そう言って1番に手を伸ばしパクりと口に運んだのは、カデナ殿下。
さすが研究家王太子。
知的好奇心には逆らえなかったようだ。
カデナ殿下を皮切りに、街の人々も次々とたくあんに手を伸ばす。
やっぱり街の皆もブックデルの人間。
彼らも知的好奇心には逆らえないみたいね。
「ん。美味しい……!! 絶妙な塩みとほんのりとした甘さ……!! それに身体の芯から力が湧いてくるようです……!! これがたくあん聖女の力……」
「すごい……これが本物のたくあん……!!」
「とっても美味しいわ!!」
「このカリッボリッとした食感がまたたまらないな!!」
驚き声をあげるカデナ殿下に続いて、街の人にも好評の様子。
そうだろうそうだろう。
あんなたくあんもどき、いや、食べ物もどきとは訳が違うのよ、うちのたくあんは。
「さぁ!! まだまだあるから、たくさん食べてくださいね!!」
こうして私は、陽が落ちて暗くなるまでひたすら巨大たくあんを解体し、ついにはカデナ殿下が騎士に持って来させた簡易キッチンでたくあん料理を作り振る舞うことになったのだった。
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