第101話 偽たくあん聖女15
私とラズロフ様は、途中の研究施設カフェでパンとミルクを買うと、私たちは【旧植物棟】のベンチへと腰を下ろした。
「お前、一応フードかぶっていろ。性格は180度違えど一応双子だ。見た目で気づかれて逃げられては元も子もない」
ラズロフ様はそう言うと、私の服についていたフードを頭に被せた。
悪かったわね性格180度違う愛嬌なしで。
ぷくっと私が頬を膨らませながらパンを口に運ぶのを見て、ラズロフ様が表情を変えた。
「……お前、また卑屈な考えしただろう」
「?」
「顔に、“私の方が愛嬌がなくて悪かったわね”って書いてある」
超能力者か……!!
「な、なん……」
「なんでかって? お前は卑屈だからな。それに、王妃教育仕込みの仮面が取れた今なら、お前の考えはだいたいわかる」
王妃教育が始まってからは全く読み取れなくなってしまっていたがな、と寂しげに呟いたラズロフ様に、私は思わず言葉を返すことも忘れて動きを止めた。
王妃教育では自分を殺すことを教えられた。
少しでも顔に出れば、鞭で打たれた。
私は私を守るために私を殺したのだ。
婚約を破棄された瞬間からそれがなくなって、私は本来の自分に戻れたように思う。
だから今、私は驚くほど息がしやすい。
自分が自分のままでいられる今が、とても楽だ。
「お前には良かったのかもしれないな。王妃にならなくて」
「良かった?」
「あぁ。王妃になっていたなら、お前は今も自分を押し殺して、仮面を被り続けていただろう。お前は真面目だからな。そのまま破滅して廃人化していたに違いない」
さらりと恐ろしいことをおっしゃった!?
でも確かに、自分を押し殺している間、苦しくて仕方がなかった。
それでもこの人を支えなければと頑張ってはきたけれど、実際ラズロフ様と結婚していたら本当に廃人化していたような気もする。
「あの日……私が毒を呷った日にお前に言ったこと、覚えているか?」
あの日言われたこと……。
──『はぁぁ……本当に誤算だらけだ。お前を追放してから何もかもうまくいかない。お前は疫病神か何かか?』──
「あぁ、疫病神って言われたことですか?」
「馬鹿なのか?」
「何故!?」
私、言われたことは基本覚えてるんだけど、馬鹿じゃないわよね!?
「私は婚約当初からずっと、お前のことが好きだったと言ったことだ。二度も言わせるな馬鹿」
また馬鹿って言った!?
相変わらず口が悪いお方だ。
「お、覚えてます!! あのなんか冗談みたいな言葉ですよね!! えぇえぇ、覚えておりますともっ!!」
「私の本気の告白を冗談にするな馬鹿」
この人馬鹿しか言えないの!?
……ん? ……本気の告白?
冷静になってから聞くその言葉に、私の思考回路はショートしてしまった。
「おい」
「……」
「おいこら」
「……」
「リィ!!」
「はっ!! す、すみません。脳内の機能停止してました」
危ない危ない。
そのまま意識が戻らなくなるところだったわ。
「なんだそれは……。まさかお前、今の今まで冗談だと……」
「……ソンナコトナイヨ」
ちょっとだけ、思ったぐらいで。
「……まぁいい。あの気持ちは、多分ずっと変わらん」
ラズロフ様が私から視線を外してから言葉を紡いでいく。
「どんなに時が過ぎても、お前が好きだという気持ちは、やっぱり揺らがないようだ」
「ラズロフ様……。でも──」
「だが、お前とどうこうなろうなどとは思ってはいない」
綺麗な空色の瞳が私を映し出す。
「私は、こうして普通にお前と話をし、馬鹿なことを馬鹿だと言えるだけで十分だ。お前ただ、馬鹿みたいな顔をして幸せになっていればいい」
「ラズロフ様……」
「お前はアメリアに対して、自分よりも愛されていると思っていると劣等感を抱いているだろうが、お前だってたくさんの人間に愛されている。……そういうことだ。だから、自信を持って対峙すればいい」
「!!」
気づいていたのか。
アメリアに対しての劣等感。
それはずっと変わることなく胸の中にある。
アメリアの方が愛嬌があるから愛されるんだ、とか、元両親が面会に行っていたことにもやっぱりアメリアは愛されている、というドロドロとした感情があった。
私のこんな感情、クロードさんには見せたくなくてずっと押し留めてきたけれど、まさか気付かれていたなんて。
「はい。ありがとうございます、兄さん」
「あぁ」
私はほんのり温かい気持ちになりながらまたパンを齧った。
その時──。
「あなたたちかしら? 私を、たくあん聖女を探している兄妹っていうのは──」
獲物が──かかった……!!
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