第99話 偽たくあん聖女13

 翌朝、私は平民の女性が着るようなワンピースを着て、ラズロフ様は平民の青年が着るような飾り気のないシャツと綿のズボンを履いて、2人揃って街へと出かけた。

 できる限り思い詰めた様子で。

 できる限り寄り添って。


 私は今ラズロフ様の妹リィで、ラズロフ様は私の兄ラズとなっている。

 ブックデル西の町ノートン出身で、病にせった母を治すため噂のたくあん聖女を訪ねて王都メモリにはるばるやって来た仲良し兄妹だ。


「おいリィ。もう少し思い詰めた顔をしろ。演技下手か」

 ……仲良し兄妹……の、はずだ。


 少し離れた場所からはクロードさん、カデナ殿下が平民の格好をして私たちの様子を見守ってくれている。


 住宅街の中心にある広場にはたくさんの人が集まり、勉学と研究の国らしく難しそうな本をベンチで読む人が多く見られた。

 あまり他人に興味がないような、一人一人が見えない個室にいるような状態に、国の特性が見える。

 彼らは自分の知的好奇心を満たすことを最優先とする。

 おそらくここでただ悲壮感あふれる顔で無駄に騒いでも、あまり気にかけてはもらえないだろう。

 となれば──。


「兄さん、スキルの使用をお願いします」

 私はこそっとラズロフ様へ耳打ちする。

「は? なぜ……」

「彼らの知的好奇心を刺激するためです」

「は? ──!! そう言うことか。わかった」


 さすがラズロフ様。

 私が言ったことを瞬時に理解すると、彼はすぐ背にある噴水の方へと手のひらをむけ、自身のスキルを発動させた。


 青白い光が走った瞬間、勢いよく流れていたはずの広場の噴水は、たちまち冷気に包まれるとその流れを止め、ピシピシと音を立てながら氷の塊へと変貌を遂げていく。

 あっという間に美しい氷像が出来上がってしまった。


「な、なんだこれは!?」

「突然噴水が凍ったぞ!!」

「こんな一瞬に……なぜ!? 一体何が起こった!?」

 ざわざわと騒ぎ始める人々に、私は小さくほくそ笑む。


 よし……!!

 掴みは完璧ね。


 ベジタル王国とフルティア王国において当たり前出現するスキル。

 それは他国も同じと言うわけではない。

 もちろんスキルが出現する国が多いのは事実だが、ベアロボスのようにスキルを持たない国だってある。

 このブックデルもそんなスキルを持たない国の一つだ。

 そもそもスキルとは、血と、育った土地の精霊の祝福によるものだと言われている。

 このブックデルにはそんな精霊の祝福がないのだ。

 だからこそ学問や研究を極めているという国の性質を利用させてもらう。


「まぁ兄さん!! 何をやっているの!?」

「ごめんよリィ。あまりに悲しくて、力が暴走してしまった……」

 演技中とはいえ、いつものラズロフ様からのあまりの変わりようにぞわりと鳥肌が立つ。

 私はそれを隠して演技を続ける。


「に、兄さん。落ち着いて。兄さんのスキルは力が強いから、あまり暴走させるとこの街が氷漬けになっちゃうわ」

 盛ったと思うだろう。

 だが事実だ。


 ラズロフ様の力は、王族の中でもものすごく強い。

 スキル【氷雪】は攻撃系のスキルで、どんなものも凍らせてしまうという凶暴なスキルだ。

 まぁ、ご本人は実はものすごく寒いのが苦手なのであまりスキルを使うことはないけれど、今回ばかりはそうは言っていられない。

 しっかりと協力してもらおう。


「お、おい君。この氷は君が?」

「もしかしてスキルかい!?」

 たちまち私たちの周りには人が集まり、質問攻めに合うことになった。

 さすがだわ、ブックデルの民。

「あなたたち、昨日ノートンから来たって言っていた──」

 そう声をかけたのは、昨日私たちが最初に話を聞いた妊娠中の女性だ。


「はい。僕たちは西の街ノートンから来たのですが、生まれはベジタル王国でして。スキルを使うことができるんです」

「たくあん聖女様が見つからずに焦った兄さんがスキルを暴走させてしまったんです。ご迷惑をおかけしてしまってごめんなさい」


 私が視線を伏せつつそう説明すると、女性は納得したように頷いた。

「まぁそうだったの。だからスキルを……。あの女、まだ見つからなかったの?」

 あの女!!

 いや、偽物はそう言われるだけのことをしてるんだけれども……。

 本人としては若干複雑だ。


「はい。たくさんの人に話を聞いたのですが、たくあん聖女様に会うことはできず……。このままでは母は……母は……!!」

 ラズロフ様、神官やめて役者にでもなったほうがいいんじゃないだろうか。

 迫真の演技すぎて横に立つ私の演技力のなさが際立つ。


 ラズロフ様の演技によってさらに人が集まり、遠くから見ていてくれるクロードさんたちすら見えなくなってしまったけれど、私たちの演技は続く。


「母の病を治してもらおうとここまで来たけれど、こんなにもお会いできないだなんて……。どなたか、なんでもいいんです!! 聖女様の情報を知っている方はおられませんか!?」


 そう叫ぶ私の声に、人々はざわめき始めた。


「私、前にたくあん聖女様からたくあんをもらったけど、食べたらあまりの不味さに吐き気が止まらなかったわよ?」

「俺だって。食べたら腹壊して3日は寝込んだぞ」

「俺なんて入院したぞ」

「私はたくあんっていう硬くて長い物体で殴られて、頭から血が出たわ!!」


 次々に出てくる偽たくあん聖女の情報。

 え、たくあんが硬くて長い……?

 頭から血が出るほどに硬いって……それ明らかにたくあんじゃない!!

 ていうか一歩間違えば殺人!!


 そんな時だった。

 とんでもない情報の数々に私たちが戸惑っているところへ、有益な目撃情報が飛び出してきたのは──。


「お兄さんたち、たくあん聖女を探してるのかい? 俺、今日会ったぞ──」


「「今日!?」」


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