第98話 偽たくあん聖女12
応接室での作戦会議を終えてから食事をいただいた私は、クロードさんが滞在している部屋に泊まることになった。
カデナ殿下は一応女性だし別の客室をと勧めてくれたのだけれど、夫婦だから同じ部屋で大丈夫だとやんわりと断ったクロードさんのオーラが若干黒いものだったのは見なかったことにしようと思う。
「リゼ、あらためて、何も言わずに置いていってごめん」
クロードさんは部屋に着くなりそう言って頭を下げた。
地味に気にしていたのね、クロードさん。
私の方は再会と共に言いたいことはしっかりと言えたので、もうスッキリしているのだけれど。
「はい、もう怒ってません。でも、もう何も言わずにいなくならないでくださいね?」
「もちろんだよ。もうリゼを心配させたくないし、怒らせたくないし。何より、またラズロフ殿と2人旅なんてされたら俺、立ち直る自信ない」
「あ……」
そうだった。
クララさんのせいでラズロフ様と2人旅なんてする羽目になったんだった。
クロードさんからしたらたまったもんじゃないわよね。
私だってクロードさんと見知らぬ美女が2人旅、なんて言われたら多分無理だわ。
モヤモヤするし多分泣いてしまうだろうし、今回出しまくったのなんて比じゃないほどにたくあんを大量生産してしまうだろう。
「な、何もないですからね!? 私とラズロフ様は兄妹なので!!」
ラズロフ様発案の設定だけれども。
「疑ってなんかないよ。リゼは俺を裏切るようなことは絶対にしないし、ラズロフ殿だってそうだ。2人とも根が真面目だから、そういうのは心配してないよ。ただ面白くはないだけで」
そう言って私を引き寄せると、クロードさんはそのまま私をぎゅっと抱きしめた。
「ねぇリゼ。作戦、大丈夫? アメリア・カスタローネの前に出る危険な役だ。もし無理そうだったら、俺が変わるよ? ラズロフ殿の妹役になるのは嫌だけど、リゼのためなら奴の妹でも恋人にでもなってみせるよ?」
心底嫌そうな顔をしながらもそう言ってくれたクロードさんに、私は苦笑いを返す。
「大丈夫ですよ。これは私がしなければいけないことだって思うんです。私は……アメリアの双子の姉ですから」
何があっても、その事実だけは覆ることはない。
私とアメリアは、同じ日、同じ親から生まれた。
私はそれをなかったことにはできないし、きちんと向き合う覚悟はできている。
「もし何かあっても、私の頼りになる旦那様が守ってくれますもの。たくあんだってありますし。それに──」
「それに?」
「クロードさんがラズロフ様の妹や恋人になるのは、私的には無しです」
「……へ?」
クロードさんの間抜けな声が部屋に響く。
ぽかんとした表情のまま、固まってしまったクロードさん。
だってそうなんだもの。
たとえ男性とはいえ、ラズロフ様は魅力的な方だ。
そんな方が私のクロードさんの、妹はまだしも恋人になるのとか絶対に無理。
ラズロフ様に嫉妬してしまうのが目に見えているもの。
「クロードさん、私、最近気づいたことがあるんです」
「え、あ、うん、気づいたこと?」
未だ頭が働いていない状態のクロードさんに、私は大真面目な顔をして言った。
「私意外と嫉妬深いみたいです」
自分ではそんなに意識したことがなかったし、クロードさんを愛していると気づいてからも嫉妬なんて考えてこともなかった。
それはきっと、彼が常に私のことを愛していることを表現してくれているからで、疑いようのないほどの愛をたくさんもらっているからだろう。
だけど最近、時々想像することがある。
クロードさんに、他の女性が近づいたら……と。
実際クロードさんは、私への狂愛が無ければ普通の、とても美しい男性だ。
私への初恋物語が有名になりすぎて皆諦めたというのは聞いたことがあるけれど、彼を好きだという女性は多いだろう。
見目も良いに加えて物腰穏やかだし。
公爵で聖騎士だし。
いやもう完璧じゃない?
そんな彼に、もし思いを寄せる女性が接近してしまったら。
そう考えるだけで、鼓動が速くなって落ち着かなくなる。
何も手につかないし、料理には失敗してしまう。
きっとこれが嫉妬というものなのだろう。
最近知った私の自分でも意外だと思う一面だ。
私がそうカミングアウトすれば、クロードさんはまたぽかんとした表情のまま固まって、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「そっか……リゼさんが嫉妬してくれるんだ。なんだか嬉しいな」
「嬉しい、ですか? 面倒じゃないですか? 嫉妬深い妻で」
私が尋ねると、クロードさんは首をゆっくりと左右に振って否定の意を示した。
「嫉妬してくれるってことは、それだけ俺のこと愛してるってことでしょう? 無関心なんかよりよっぽど良い。リゼ、安心して。俺、どんな女性にも、ましてやラズロフ殿にも靡くことはないから」
そう言いながら私を再び腕の中へと閉じ込める。
暖かい締め付けが心地良い。
「俺の全部は、リゼさんだけのものだよ」
そうだ。
最初からずっと、この人はこうだった。
私は自分に対して苦笑を浮かべてから、その温もりにそっと顔を埋めた。
「はい。大好きです、クロード」
明日、私は罠を仕掛ける。
うまくいくかどうかはわからないけれど。
何があっても、クロードさんがいるからきっと大丈夫。
そんな安心感に包まれながら、私は1日ぶりに彼の腕の中で熟睡するのだった。
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