第72話 最初で最後の花束を〜Sideラズロフ〜
私の婚約者は聖女であるということは、生まれた時から決まっていた。
『今年生まれた子どもの中に、聖女の力が宿るであろう』
そんな予言があり、予言の年に生まれた子どもの中で1番の高位貴族で、1番の美しさを持ち、1番の頭の良さを持つリゼリアが私の婚約者に選ばれたのは当然のことだった。
それほどまでに期待されていたのだ、あいつは。
初めて会った日は婚約式。
一目惚れだった。
なんて綺麗な子なんだろうと、思わず目を離すことができなかった。
話してみると気遣いもでき優しく、聡明な彼女と話が弾んだ。
私はリゼリアを、もっと好きになった。
王妃教育が始まっても、あいつは一度たりとも弱音を吐くことなく、課題をこなしていった。
王妃教育というものはとても厳しいものだと聞いていたから、弱音を吐いたら慰めてやろう、そう思っていたのに、そんな計画はあっさりと崩れ去った。
回を重ねるごとにどんどん知識をつけ、淑女然りとし、以前の愛らしい笑顔を見せなくなっていったリゼリア。
『弱音を吐いたら慰めてやろう』ではなかったのだ。
『弱音を吐く前に』寄り添わねばならなかった。
なのに私はリゼリアの心の悲鳴に気づくことなく、私から心が離れていったのだと思ってしまった。
知識をつけたから生意気になってしまった。
リゼリアにとっては、所詮決められた婚約者という立場で、私でなくてもカロンでもよかったのだ。
なぜお前は私を見ない。勘に触るやつだ。
そんな歪んだ感情に支配されていった。
いつの間にかあれが口にするもの全てが疎ましくなった。
あいつの言うこと全てを否定し、嫌い、拒絶した。
けれどあいつの言うことは私もそうだと感じることばかりで、リゼリアの進言をもとに父母に意見を述べるも、すぐに棄却される日々が続く。
リゼリアの前では「くだらん」と言って聞く耳を持たないでおきながら、なんて滑稽なやつだと自分でも思う。
ひどく
アメリア・カスタローネ。
リゼリアと婚約した当初から何かと話しかけてきた彼女の双子の妹。
顔は似ているが、性格は正反対のアメリアは、ことあるごとに私の求めていた言葉をくれた。
「ラズロフ様はカロン様よりも聡明でいらっしゃいますね、さすが王太子殿下です!!」
「ラズロフ様は国のことをたくさん考えていてすごいです!! さすが王太子殿下です」
「ラズロフ様以上に王太子殿下らしい方はいらっしゃいません!!」
「こんな王太子様と婚約できるなんて、お姉様はずるいわ」
今考えれば、彼女が見ていたのは私個人ではなく、王太子としての私だったのだと分かる。
そして、リゼリアだったのだと。
アメリアのリゼリアへの執着は私と同じか、それ以上だ。
姉に負けたくはない、姉の持っているものが全て欲しい。
そんな気持ちはわからないでもないが、それではダメだと今なら言える。
もう一人の聖女候補だった彼女のスキルは【育成】。
植物を育てるスキルだった。
リゼリアよりはマシだと喜んではいたが、結局そのスキルを民のために使うでもなく持て余していたようだった。
歪んだ心は止めることができず、私はたくさんの人を傷つけてしまった。
リゼリアだけではない。
義弟であるカロン、国に意見を入れた国民。
そして俺は実父母をも退位させ、強制的に奥へ引っ込めた。
胸が痛まなかったわけではない。
あんなのでも一応は実父母だ。
だが、この国をこんなにしてしまったのも彼らであり、私であるのだ。
私はこれからも、後悔と贖罪を胸に生きるのだと思う。
「先生ー。おはよー」
神殿に併設された孤児院の子どもたちが起きてくる。
私は今、この神殿で神官をしており、孤児院の子どもたちに文字や計算などの勉強を教えたりしている。
子どもの扱いは得意ではなかったが、慣れてくると案外悪くない。
「あぁ、おはよう」
短く返してやれば、男児がめざとく私の方へと歩み寄りくんくんと鼻をヒクヒクさせて匂い始めた。無作法なやつだ。
「あれ? 先生なんか花の匂いがする!!」
「ローゼリアの匂いだ!!」
「朝からローゼリアだなんて、もしかして彼女にプレゼント?」
「っ、違う!! くだらんことを言ってないで、さっさと朝食を食べて外へ出ろ!! 今日は天気も良くなるから、外で授業をするぞ」
最近の子どもはこうもませているのか?
先が思いやられる……。
「やったー外だー!!」
外での授業が好きな子どもたちは、私が言うとすぐに食堂の方へと走っていった。
全く、油断のならん奴らだ。
朝一番にローゼリアの花を摘んで花束を作ったのは確かだ。
かつて、ローゼリアがリゼリアの名前と似ているからと言うだけで、城の庭をローゼリアだらけにするように命令した私は、恋に恋した阿保だったのだと思う。
でもきっと、その想いをあの時からあいつに話していたなら、港を
素直に、好きだと言っていたら。
──今日は私が好きだった彼女の結婚式だ。
作り上げた花束と、たった一言のメッセージカードを荷物転移の魔法で届けた。
あいつに花の一つも渡したことなどなかったことに気づいて自嘲する。
最初で最後の花束ぐらい、許されるだろうか。
幸せになれ。
私は青く澄み渡る空を見上げながら、また彼女を思った──。
「最初で最後の花束を〜Sideラズロフ〜」END
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