第44話 王妃様とのお茶会


 料理が綺麗に完食されていたっていうことは、きっと料理の問題ではない。

 加えて、律儀に添えられたあのメッセージカード。気に入らなかったのなら、あんなカードわざわざ空の食器と一緒に返したりはしない。


 ──だとしたら何で?


 私は一人夜の中庭を散歩しながら考えを巡らせている。

 夜風が心地いい温度で優しく吹き、庭園の木の歯を揺らす。所々に咲いた小さな黄色い花も一緒に仲良く揺れ、月明かりに照らされとても美しい光景が広がっている。


 そういえば、ベジタル王国の城の中庭とは全く正反対ね。

 あちらは至る所に花を飾って、むせ返るようなローゼリアの香りで満ちているけれど、このフルティア王国の城の庭はいたってシンプル。


 緑豊かな木や観葉植物がメインで、花といえばこの小さく地味だけど愛らしい小花だけ。香りも主張しないからか、木々の香りを存分に感じられる。


「ふふ。私はこっちの庭の方が断然好きだわ」

「あらまぁ、嬉しいわ」

 私の独り言に、ふんわりとした女声が応えた。


「!?」

 振り返ればそこには穏やかに微笑む王妃様の姿が……。


「お、王妃様!? こんな夜にお一人で!?」

 いくら城内とはいえ、危険じゃない!?

「大丈夫よ。少し離れたところに騎士がついているわ。それに……私、強いのよ」

 そう言ってグッと拳を握り、力こぶを見せつけるようにするお茶目な王妃様に、私は何と返していいか分からずオロオロとするばかり。


「ねぇリゼちゃん。あ、リゼちゃんって呼ばせてね。私と少しだけお茶しましょう」

 そう言った彼女の視線の先、すぐそこのガゼボへと私も視線をやると、侍女数名が既にお茶の準備をすすめているのが見える。

「あ、はい、喜んで」

 私は誘われるままに、王妃様とガゼボの方へと足を進めた。




「ねぇリゼちゃん。クロード、大変じゃない?」

「え?」

 ガゼボに着くなりに切り出されたのは、クロードさんのことだった。


「あの子、13歳の時にベジタルについて行ってあなたを見て以来、ずっとリゼリア嬢と婚約したいってうるさくてね。でも、リゼちゃん婚約してるのよって教えたら、あの子しばらく寝込んじゃったのよ」


 え……。私が婚約してるって言っただけで寝込むって……。

 いや今のクロードさん見てるとなんとなく想像はできる。


「一応第二皇子だしと思って婚約者候補を出すも、全部突っぱねられ……。挙げ句の果てには『これ以上婚約者候補を勧めてくるなら死んでやるー』って剣まで持ち出して……。それで私たちも諦めてたの」


 なんて暴挙だ。


「だから、婚約破棄されたあなたを迎えに行って情けなくも行き倒れたのを、他ならぬあなたに拾われたって聞いて、少し運命を感じたの。それからクロード、毎日楽しそうだしね。きっとあなたとの日々が、あの子に『楽しい』を与えてくれているのね。ありがとう、リゼちゃん。婚約破棄されてくれて」


 そこを感謝されても複雑だけれど……。

 でもきっと、感謝するなら私の方だ。


「王妃様、感謝するのは私の方ですわ」

 私は妙に穏やかな気持ちで言葉を続ける。

「クロードさんに助けられたのは私です。一人で追放される予定だったところを、クロードさんを拾ったおかげで、寂しくはなかった。神殿食堂という居場所までくれて、ずっと毎日見守ってくれた。だから私、これでも感謝しているんです、クロードさんに」


 多少暴走することはあるけれど、彼との時間は嫌ではないし、むしろ幸せだと思う。本人に言うのはまだ少し難しいけれど、私の心はもう、彼に向いているんだろう。

 それを聞いて王妃様は安心したように肩の力を抜き「ありがとう」と小さく礼を言った。


「……そう。ありがとう、リゼちゃん。あぁでも、本当に鬱陶しかったら殴っていいからね? 遠慮なくやっちゃってね?」

 言いながらファイティングポーズを取る王妃様。

 可愛らしい。

 にしても、殴っても良いと王様と王妃様から公認されるクロードさんって一体……。


「そ、そういえば、ここの中庭は緑が多いのですね」

 私は無理矢理話を逸らす。


「えぇ。ベジタルとは全然違うでしょう? 実はわたし、匂いが強い花が苦手で、木や観葉植物をメインに、なるべく濃い匂いのしないこの小さな花を植えてもらっているのよ。だから香水の類もダメで……。貴族女性の嗜みでもあるんだけどねぇ。そういえばリゼちゃんも香水は使っていないのよね?」


「はい。匂いが混ざり合うと気持ち悪くなりますし、料理をするようになってからは特に、食材や調味料の匂いがわからなくなるので、つけていないんで──」

 そこまで言って、私の脳内に光が走った。


 匂いがダメ。

 人前では食べられない。

 でも一人なら全部食べることができた。


 もしかして……。


「王妃様、王太子妃様って……香水、つけてらっしゃいましたっけ?」

「え? えぇ。確かつけていたはずよ。甘い花のような香りをつけていたわね」

「!!」


 それだ──!!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る