第34話 埋められた外堀
「クラウス・ラッセンディル公爵。リゼリア・ラッセンディル公爵令嬢!!」
名前が呼ばれ、私は反射的に背筋を伸ばす。
それを横目で見ながらクララさんは「ふふ、いいじゃない。その調子よ。堂々としていなさいな」と笑った。
「はい。お義兄様」
ママンを全力で拒否した私は、長い攻防の末、12歳しか違わないということから、彼とは兄妹という関係に落ち着いた。届出も、先ほど見届け人の前で控室にて一筆書いて終了したし、これで名実ともに私たちは義兄妹だ。
まぁ、今度は「お姉様とお呼び!!」と迫ってきたのを抑えるのは至難の業だったけれど。
そんなことを思い出しているうちに、目の前の大きな扉が開かれた──。
玉座へと続く赤い絨毯を、私はまっすぐに前を見据えて一歩一歩踏みしめる。
その絨毯の先には国王陛下、王妃様、王太子殿下、王太子妃殿下、そしてクロードさん──クロード殿下が私たちを待ち受けている。
いつも爽やかに微笑む彼の惚けた表情を見て少し緊張がほぐれた私は、彼に向かって微笑んだ。それに気づいた彼も私に優しく微笑んで返してくれる。
ゆっくりと歩みをすすめ、王の前にまで到着した私たちは、その場で膝を折り臣下の礼をとる。
「頭をあげ、楽にしなさい」
深く芯に響く威厳のある声。
言われるままに私とクララさんはゆっくりと顔を上げ立ち上がる。
「クラウス。仰々しくてすまないな。今は家族しかいない。いつも通りにしておくれ」
気づけば私たちの名を呼んだ家令はすでにさがり、部屋の中には私たちだけになっていた。
「えぇ。兄上、お元気そうで何より。こっちは私の義妹になったリゼリアよ」
いきなりフランクな話し方で陛下へと私を紹介するクララさんにギョッと目を見開いて彼を見上げる。
なんて雑な紹介してるの!?
しかも陛下相手に!!
「あっはは。クラウスはいつもこんなだから、気にしなくても良い。久しいな、リゼリア・カスタローネ公爵令嬢。あぁ、今はリゼリア・ラッセンディル公爵令嬢になったのだったな。私を覚えているかね?」
陛下にお会いしたのは、確か10歳の時が最初だ。友好国の王様として、私たちの婚約披露パーティーに来てくださった。
控室で聞いたけれど、私がクララさんと初めて会ったのもその時だったらしい。初めて見る他国の王様である陛下にものすごく緊張していたからか、全然覚えてなかったけれど。
「はい、陛下。お久しぶりです。もちろん覚えておりますわ。初めてお会いしたのは婚約披露パーティーでした。遠路はるばる来ていただいたのに、このような結果になり申し訳ございません」
せっかく来てもらっておきながら婚約破棄になるなんて、若干気まずい。
「リゼさんそれは──」
「私のことは良い」
謝罪の言葉を発する私に、クロードさんが何か言いかけたけれど、すぐに陛下の言葉がそれを遮った。
「リゼリア嬢、大変な思いをしたな。安心なさい。この国は、あなたを受け入れることを決めている。クラウスの義妹になったのなら私の義妹でもある。あなたは何も悪くない。気にするな」
恐れ多い言葉に恐縮しながらも、胸に温かいものが込み上げる。
あぁ、この国はなんて温かいんだろう。
そんな暖かい思いに浸っていると──。
「あんたねぇ……。兄上のことは覚えててなんで私のことは覚えてないのよっ!!」
私の首に腕を回しヘッドロックを決めるクララさん。
「痛い痛いっ!! 仮にも義妹に何ヘッドロックかましてんですか!!」
あまりにも場の空気を読まないクララさんに必死で抵抗すると「ぷっ……!!」と吹き出すような音が聞こえて、続いてすぐに大きな笑い声が木霊した。
「あっはっはっはっ!! 面白い!! クラウスと良いコンビじゃないか!!」
陛下にもクロードさんにもよく似た、黒髪に青い瞳の男性──王太子殿下だ。
クロードさんと少し違うのは、クロードさんはある程度長さのあるサラサラした髪質だけれど、陛下と彼はそれよりも短く、毛質も硬そうだということ。
きっとクロードさんは王妃様に似たのね。
王太子殿下とは外交で何度もお会いしているが、いまだに彼を前にすると緊張してしまう。
「久しいな、リゼリア嬢。あなたのことは弟から聞いていたよ。大変だったな。それと、情けなくも暴走した上行き倒れた弟を拾ってくれてありがとう」
「いえ!! こちらこそ、ベジタルの件で動いてくださっていると聞きました。本当にありがとうございます、王太子殿下」
相変わらずキリリとした大人の雰囲気を醸し出している王太子殿下に緊張しながらもお礼の言葉を述べる。すると──。
「俺のリゼさんに色目使わないでくださいよ、兄上」
拗ねたように頬を膨らませる小悪魔ことクロードさんの声が、私たちの会話に割って入った。
「ふふ。よかったわね、クロード。初恋の君に再会できて」
揶揄うように言うのは王妃様。
黒髪を結い上げ、大人しめの装飾で飾り、ふわりと微笑む美女だ。
ぁ、この色気。クロードさんはやっぱり王妃様似だ。
「初めまして、リゼリア嬢。クロードがいつもお世話になっています」
優しげな声色で言葉を紡ぐ王妃様に、私はすぐに背筋を伸ばし直すと、深く腰を下げカーテシーをする。
「お初にお目にかかります、王妃様。リゼリア・ラッセンディルと申します。いつも殿下にはお世話になっております」
隣で「私は!? 私もお世話してるわよ!?」と騒いでいるオネエがいるけれど気にしない。
「堅苦しい挨拶はいいぞ。やっとこれの初恋が実りそうなんだ。これほど嬉しいことはない。それにこれから世話にならねばならないのは私たちの方だ」
陛下の言葉に申し訳なさそうに眉を下げて頷く王妃様。
いやちょっと待って。初恋が実りそうになってる!?
もしかして……私、クロードさんに外堀を埋められてる?
「兄上、そろそろ」
痺れを切らしたクララさんが陛下を急かすように声をかける。
「あぁ、そうだな。リゼリア嬢。これは王家からの直接の依頼となる。クロードから聞いていると思うが、1週間ほどここに住み込み、隣国ベアロボスのベアル王子の食事について助けていただきたい」
話を切り出した陛下の濃いブルーの瞳がぎらりと光り私をとらえる。
絶対的な王者の目だ。
私は息を呑み、そして口を開いた。
「詳しく、お聞かせくださいませ」
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