第5話 小悪魔な聖騎士様は──
太陽の光が木漏れ日となって私の瞼に降り注ぐ。地面に座って眠るなんてもちろん初めての体験で、身体の節々がミシミシ言っている……。
こんなでも一応大切にされてきた箱入り娘ですからね、一応。
理不尽な追放や罵倒のおかげで一周回って振り切れた私だけれども、中身はちゃんと箱入り令嬢のままだ。
「やぁ。おはよう、リゼさん」
あぁ、朝から、しかもこんな体勢で寝ていたにも関わらずなんて眩しい爽やかな笑顔なんだろう。
「おはようございます、クロードさん」
明るい場所で見る彼の顔は、思った通りとても整っていて美形だ。
サラサラな黒髪に、飼っていた愛犬のクロを思い出して無性にわしゃわしゃ撫で回したくなる衝動に駆られる。クロ、元気かなぁ……。
「体は大丈夫かい?」
「へ? あ、えぇ。何とか」
邪な想像をしていた私は急に話を振られて随分間抜けな声を出してしまった。
「そう? じゃぁ、早速だけど国境の門へ行こうか」
そう言って立ち上がると、私に手を差し出してエスコートの形を取るクロードさん。スマートな身のこなし。クロードさんて、聖騎士になる前はどこかの貴族だったのかしら?
やたらキラキラしてるし。
私はありがたく差し出されたその手を取ると、ボキボキと骨を鳴らしながら立ち上がった。
は、恥ずかしい……。
頭上すぐ近くでクスクスと控えめに笑う声がする。
「なんでクロードさんは平気なんですか?」
「俺? 俺はだってほら、聖騎士だから。こういう野宿は結構経験してるんだよ」
あぁ、そうか。
聖騎士は確かに国の要請で戦いの応援に駆り出されることも多い。
光魔法での攻撃は強力なものだし、治癒要員として聖女が駆り出されることもあるから、聖女の護衛として一緒に戦場へ行くこともあると聞く。
光魔法で治癒を使えるのは聖女だけだ。
聖騎士は攻撃系の光魔法をもって、基本は聖女の護衛につく。
もしも私に光魔法のスキルが備わっていて本当に聖女だったならば、クロードさんが護衛についてくれたのかしら。
私はクロードさんに守られる自分を想像すると、すぐに首をブンブンと横に振ってその妄想をかき消した。
何考えてるの!?
そんな……そんな
そもそもクロードさんはフルティアの人間じゃないのっ!!
「ん? どうしたの? あ、まぁたえっちな事考えてたんでしょ?」
ニンマリ顔でそう言うクロードさんに私は涙目になりながらも「違いますっ」と全力で否定した。
しばらく歩いて見えてきたのは、青色の大きな門。
その傍らには見張り台と小さな
ここに来るまでずっと手を引いてエスコートしてくれているクロードさん。
流石に恥ずかしいので離そうとしても「転けたら危ないでしょ?」とやんわりと御されてしまった。
なんて紳士だ。
元婚約者にもこんなにしてもらったことはないというのに……。
門の前には二人の騎士が立っていて、こちらに気づくとすぐに腰の剣に手を添えてから「身分証を」と事務的な口調で言い放った。
しまった……。昨日は朝のスキル検査後、家に帰ることも許されないままに追放されたから、身分証である家紋入りのアクセサリーを持ってきていない。
そもそも今の私に身分なんてあるのか?
父にも母にも見限られたというのに。
私がどうするべきかと考えていると、隣のクロードさんがスッと私の前に出てから、自身の右手を門番の騎士たちにかざして見せた。
「!!」
警戒していた騎士たちの表情が、明らかに変わる。
表情もなく事務的な様子だった彼らは、一瞬にして驚きと緊張感を孕んだ表情へと変化したのだ。
クロードさんは指輪に家紋を刻んでいるのね。
そんなに有名な家の家紋が刻まれていたのかしら?
貴族の身分証は、それぞれの家の家紋を刻んだアクセサリーだ。
私の場合はネックレス。
貴族以外の人間は普通に身分証の手帳が配布されているみたいだけれど。
クロードさんが指輪を示したと言うことは、やっぱり貴族の人間なんだろう。
この身分証だけは、罪人になったりしない限りは有効だ。
クロードさんみたいに家を出て聖騎士になったとしても、身分証の効果は失われない。
「ふ、フルティア王国第二王子殿下!! 失礼いたしました!! どうぞお通りください!!」
門を開け、勢いよく頭を下げる騎士達。
──ん?
フルティア王国第二王子殿下?
その名称に私は驚きに目を見開きクロードさんを凝視する。
「うん。通らせてもらうね」
私の視線も気にすることなく、再び私の手を取って前に進むクロードさん。いや、殿下。
「し、しかし殿下。その女性の身分証は……」
「なくても、君たちはよく知ってるはずだよ? 君たちはこの国の騎士だろう?」
顔パスできるほど顔は広くないんだけど……。
殿下が言うと、騎士達が私の顔をじっと見つめる。すると途端にその顔は再び驚きの表情へと変わっていった。
「!! リゼリア・カスタローネ公爵令嬢!!」
「し、しかし身分証なしには……」
どうやらわかってもらえたようだけれど、やっぱり身分証が必要なのね。
私は背筋をしゃんと伸ばすと、公爵令嬢然りといった態度で彼らに口を開いた。
「身分証を持たされることなく追放されたのです。話は回ってきているでしょう?」
殿下の前でこのことを言うのは私のプライドがズタズタになるけれど、この際仕方ない。せめて元公爵令嬢としての気高さだけは失わぬようにしなければ。
「それは……。はい。伝令が回ってきました」
言いづらそうに視線を伏せながら答える若い騎士。
やっぱり。仕事の早いことだ。
「ならば、私を通してくださるかしら? 身一つで出ていけと追放されたのです。出ていけなければ、その王太子命令を違えてしまいます」
私が硬い口調でそう言うと、彼らは視線を合わせ頷きあい、左右に分かれて「ど、どうぞ。お通りください」と道を空けた。
「ありがとう」
彼らに礼を述べ、私たちはその大きくて重厚な門へと足を進める。
「カスタローネ公爵令嬢」
門を通ろうと彼らの前を通り過ぎる際、もう呼ばれることもないと思っていた家名で呼び止められた。
「……今はただのリゼよ」
動揺しながらも絞り出したのは、短い訂正の言葉。
「……リゼ様。……何もできない我々で申し訳ありません」
「貴女は、騎士団の待遇改善にもご尽力くださったのに……」
申し訳なさそうに言いながら二人の騎士が跪く。
「気にしないでくださいな。あなた方のせいじゃないわ」
そう。彼らのせいじゃない。
ただ、私に力がなかっただけ。
ただ、無意味な期待が大きかっただけ。
「リゼ様、どうかお元気で」
「あなた方もね」
私は彼らに向けて、しゃんと背筋を伸ばし、リゼリア・カスタローネ公爵令嬢としての最後の美しいカーテシーをする。
ここを抜けたら、私はこのベジタル王国のリゼリア・カスタローネではなくなるから。最後にやっておいても……いいわよね?
「リゼさん、行こうか」
「はい」
そうして私は、再び差し出された殿下の大きな手を取ると、彼とともにフルティア王国へと続く門をくぐるのだった。
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