第2話 通りすがりのたくあん売りです。
ぐぅぅぅぅぅぅ……
私のお腹がさっきからずっと絶え間なく主張を繰り返している。
朝のスキル検査後すぐに追い出されてから飲まず食わずで歩き続けて、すでに辺りはオレンジ色に染まっている。
「もうすぐ。もうすぐよ。この森を抜ければ国境よ」
私が今目指しているのは、隣国フルティアだ。
自然豊かで実り多く平和な国。食べ物の資源が豊富ゆえにいろんな食べものが生み出される、言わば食の聖地。
あそこでなら私のこの【たくあん錬成】というよくわからないスキルも役立てるかもしれない。
そんな一縷の望みをかけて向かっている道中、ふと、少し先に何かが倒れていることに気づいて私は足を止めた。
「や……な、何!?」
まさか野盗にでも襲われた人の死体?
それとも魔物に食い散らかされた死体?
どっちみちイヤーーーー!!
極力その塊の方へ視線を向けないようにそろりそろりと通り過ぎようとすると……。
あれ?
そういえば血とか飛び散ったような跡もない。もしかして死体じゃないんじゃ……?
ゆっくりと私はその死体(仮)の方へと視線を移す。
「!?」
何、この人。
──ものっすごく綺麗なお顔の男性がそこにいた。
艶やかなサラサラの黒髪に長いまつ毛。
目を閉じているから瞳の色はわからないけれど、さぞかし綺麗なんだろう。もう見ることができないのは残念だけれど、ここで会ったのも何かの縁。
せめて祈らせていただこう。
私は胸の前で手を組むと、彼の安眠を祈った。その時──。
ピクッ──……。
あれ?
今動いた?
よく見れば僅かながら息をしている。
この美形、生きてる!?
どうしましょ。引きずっていくわけにもいかないし、どうにかして意識を取り戻してもらわないと、医務院にも連れていけない。
「と、とにかく、起こさなきゃ。んっと……ホイッ!!」
私は
ポンッ、というはじけるような音と眩い光とともに、私の手の中へと現れる一本のたくあん……。
うっ……。
このツンとした匂い……。べっとりとした感触……。
私は自分の鼻をつまみながら、もう片方の手のひらの上の黄色く長い【ソレ】をぎゅっと握ると、男性の筋の通った鼻先へとそれを近づけた。気付けにならないかという、淡い期待を抱いて。
「ほーれほれ。起きてくださーい」
途端にくしゃりと歪められる綺麗な顔。
「ほれほれー」
私がさらに【ソレ】を近づけて様子を伺うと──
「ッ!? うわぁぁぁっ!?」
──起きた。
すごい勢いで身体を起こした男性。
【たくあん錬成スキル】ってこういう使い方もあるのね……。
それにしても……、やっぱり思った通り、とても綺麗な目。私は思わずその深い青色の瞳をじっと見つめると、男性が居心地悪そうに眉を顰めながら口を開いた。
「お、俺を襲ってどうする気? 痴女さん」
ち、じょ……?
「ち、違いますっ!! 私はそんな、ち、痴女なんてものではなく!! あなたを襲う気なんて全くこれっぽっちも、そう、一欠片もありません!!」
私は慌てて首をぶんぶん横に振って否定する。
すると男性は、未だ胡散臭そうにしながらも「じゃぁ、君は何?」と聞いてきた。
何……。あぁそうか。
今までの私ならばすぐに王妃教育で得たカーテシーを披露して、名前とともに家名を名乗るところだけれど、あいにく今の私には名乗れる家名も地位もないんだ。
はて、どうするべきか。
考えた私は、とりあえずこう名乗った。
「通りすがりのたくあん売りです!!」
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