第1話 タツナミソウの朝
朝は嫌いだ。
希望に満ちた人々が眩しく写るからだ。
あれから何日経ったのだろう。最後に口にしたものは何だっただろう。
いや、もういいか。私は独りになってしまったのだから。
私は少し広く感じるベッドから起き上がる。一人でいるからかいやに静かな部屋を見渡す。何もない。当然だ。ここには日常の抜け殻しかないのだから。
私には妻と娘がいた。そう、いたのだ。だからこの家には取り柄のない中年男性がとても好まない様なワンピースやピアス、ファミリーサイズの調理器具や子供サイズの靴がある。棚には旅行雑誌や料理本、絵本や図鑑、そして家族で撮った写真が飾られている。写真にはどこか疲れを感じるような目元の男がぎこちない笑みを浮かべている。その右には優しく微笑む黒く、少しつやのある長髪の女性がいる。二人の前で無邪気な笑みでこちらを向いた、小学生か中学生くらいの女の子が座っている。
写真は少し色褪せているが、私には色彩豊かに写る。思わず涙が零れそうになる様な感情が押し寄せる。
妻と娘は私を残して先立ってしまった。死因は告げられたはずだが、なぜだか何も思い出すことができない。きっと私の中で私が黒板に書かれた死因を消してしまったのだろう。仕方のないことだ。一度失うとと同じものは二度と手に入らないのだから。喪服は親の葬儀以来に着るからか少し着心地が悪かった。
人はいくつかの柱に支えられた足場の上に生きているものだ。柱の数や太さ、丈夫さはそれぞれであるが、その崩れ方は同じだ。ひとつ柱が突然、灰になる。
柱をひとつ失うことでバランスが崩れ、そのまま崩壊するのだ。
足場を失った人々は一度は底に落ちるが、稀に同じくらいの高さまで足場を作り直す者や、それ以上や未満の足場を作る者がいる。一方、地の底で絶える者や他人の足場を崩そうとする者、そしてただそんな者たちを見るだけの者もいる。
私は後者に値するが、特に危害を加える必要もないし、周りには何もないので見るものもない、しかし私は生きている。これはどうにも気味が悪かった。
私は静かに決心した。
死のう、と。
アルペジオ @kalesco
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