第47話 再婚の告白

 久しぶりにアントニアに会えて嬉しそうなルドヴィカの姿を見ていると、アントニアは再婚の事をいつ切り出そうか、迷ってしまった。彼女が前夫アルブレヒトと仲のよい夫婦でなかった事は、ルドヴィカも感じ取っていたはずだ。


 侍女の報告からアントニアが知れる限りでは、ルドヴィカは実の両親のアルブレヒトとジルケと関係が改善していないようで、アルブレヒトを父親として慕っている様子もない。だからルドヴィカがアントニアとアルブレヒトの復縁を望んでいるとはアントニアも思っていない。


 それでもアントニアが別の男性と再婚するつもりだとルドヴィカが聞いたら、衝撃を受けてせっかくの再会の喜びを台無しにしてしまわないないかとアントニアは心配していた。かと言ってルドヴィカに隠して再婚するつもりもなかった。


「……ママ! ママ!」

「あ、え?! ルドヴィカ、なあに?」

「さっきから呼んでたのに!」


 ぼうっとしていたアントニアにルドヴィカはむくれてしまった。アントニアは再婚の意思をいつ伝えるか悩んでいて、ルドヴィカが何度も呼んでいたのに気付いていなかった。もう帰りの時間が迫ってきているのに、告白を悩んで上の空でいたら、貴重な残り時間が台無しになってしまう。アントニアは今、話そうと決意した。


「ルドヴィカ、聞いて欲しいことがあるの」

「うん。何?」

「ママ、再婚したいと思ってるのよ」

「『さいこん』?」

「もう1回、結婚することよ。辺境伯閣下とは別の男の人と結婚したいの」

「へんちょうはーかっか?」

「辺境伯閣下って、ルドヴィカのパパのことよ。私はパパとお別れしたでしょう? 今度は違う男の人と結婚しようと思うの」


 アントニアはルドヴィカの反応を恐れつつも、彼女の顔をじっと見つめた。


 ルドヴィカが再婚を受け入れられないのなら、アントニアは再婚を止めようとまで実は覚悟している。アントニアがゴットフリートのプロポーズを受けた時点では、ルドヴィカと連絡をとる手段がなく、誰の手に渡るか分からない手紙に再婚の事を書くつもりはなかった。


 ルドヴィカとの文通が始まった後も、手紙でそういう重要な事を告白するよりも顔を見て言いたくて、今までルドヴィカに再婚の意思を知らせていなかった。ゴットフリートにも、ルドヴィカの考え次第で再婚を止める覚悟がある事も告白したかったが、今更そんな事を言ってゴットフリートが悲しまないか、気に病んで迷っていた。プロポーズの時にルドヴィカと連絡手段がなかったからその選択肢がなかったとは言え、まだ告白できていないことに罪悪感を覚えてしまって、今までズルズルと来てしまい、アントニアはゴットフリートとルドヴィカ双方への罪悪感で苛まれていた。


 ルドヴィカの反応は、アントニアが恐れていたような拒絶ではなかった。


「ママが結婚したら、私とも一緒にいられるの?」

「ごめんね……多分、無理だと思うの。でも辺境伯閣下……パパが許してくれるか聞いてみるね」

「パパはケチだからきっとダメだよ。私、パパも、おばさんも、あの意地悪な女の子も嫌い。一緒に住みたくないよ。ほんとにママと一緒に住めないの?」

「閣下に聞いてみるから待ってて。でもジルケさんは貴女を産んでくれたお母さんで、フランチスカさんは貴女のお姉さんだから、嫌いって言わないでね」

「やだ、嫌いだよ。だってパパとおばさんは冷たいし、フラン……なんとかは意地悪なんだもん」

「3人に毎日ニコニコ挨拶してみて。そしたらきっと意地悪じゃなくなるよ。家族なんだもの」

「そんな訳ないよ。あんな人達、私の家族じゃない! あのおばさんだって、私のママじゃない! ママはママしかいないよ!」

「ママって言ってくれてありがとう。でもジルケさんも貴女のママなの。嫌いって言われたら、きっと悲しむわ」

「じゃあ、どうしてあのおばさん、私に冷たいの?」

「ジルケさんは冷たくしてないと思うわよ。どういう風に貴女に接していいのか、ジルケさんもきっと分からないのよ」

「ママ、よく分かんないよ」

「いいのよ。もうちょっと大きくなったらきっと分かるわよ」


 アントニアはルドヴィカをぎゅっと抱きしめた。それと同時に自分の産んだ娘に受け入れられないジルケに申し訳なく思った。


「ねえ、ママはその人と結婚したら、幸せなの?」

「そうね。でもママがその人と結婚するとルドヴィカが幸せじゃないなら、結婚しないわ」

「でもママは結婚しなかったら、幸せじゃないでしょ?」

「そんなことないわよ。ルドヴィカがいれば、ママは幸せよ」

「でも私、ママと一緒に住めないのに?」

「ルドヴィカが私と一緒に住めないか、閣下に頼んでみるわ。もし駄目でも、今日みたいに会いには来れるでしょう?」

「うん……」


 こんなに小さな子供に気を遣わせてしまってアントニアは悲しく、自分が情けなくなってしまい、ルドヴィカをまた抱きしめた。


「ごめんね、ルドヴィカ……」

「どうして謝るの?」

「ママの結婚が嫌だったら、我慢しないで嫌って言っていいのよ。ルドヴィカが嫌な事はしたくないの」

「嫌じゃないよ。ママ、結婚しなよ」

「本当にそう思ってる?」

「うん。結婚して」

「……ありがとう。今度、紹介するわね」


 アントニアは、ルドヴィカが自分のためを思って本音を偽って再婚を受け入れたように思えて切なかった。もしルドヴィカがゴットフリートに会った上でアントニアの再婚相手として彼を受け入れられないのなら、今更でも彼のプロポーズを断ろうと決心した。


 ルドヴィカ達は、日が落ちる前に王都への帰路で泊る宿に着かなければならないので、昼食後しばらくして修道院を発った。その前の別れの時に再会を約束したものの、ルドヴィカは大泣きしてアントニアは胸が張り裂けそうな思いをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る