第46話 もうひとつの再会
アントニアは、聖グィネヴィア修道院に来てからも娘ルドヴィカを思い出さないことはなかった。彼女は、本当はジルケの産んだ娘だったが、辺境伯の嫡出子とするためにアントニアの実娘とされた。それでもアントニアはルドヴィカを実の娘のように愛していた。
アントニアは、もしかしたらルドヴィカに連絡がつくかもしれないと一縷の希望を持って、手紙を定期的に送っていた。だが予想通り返事はなく、アントニアの手紙はおそらく元夫アルブレヒトかその愛人ジルケに握りつぶされていたのだろう。そうでなくともルドヴィカは助けなしに返事を書ける年齢ではない。でもルドヴィカがアントニアへの手紙を書くのを助ける人間が元婚家にいるはずはなかった。
ところがアントニアがゴットフリートのプロポーズを受けてまもなく、ルドヴィカから突然、手紙が来た。まだ幼過ぎて自筆はたどたどしい短文だけだったが、それを見た途端、アントニアの目から涙が溢れた。涙を拭って手紙を封筒に再び入れようとした時、もう1通手紙が入っているのにアントニアは気付いた。
その手紙を開くと、大人の字でルドヴィカの普段の様子が綴られていた。差出人は、最近ルドヴィカの専属侍女となった女性であった。それ以降、彼女がルドヴィカにアントニアの手紙を読み聞かせたり、アントニアがルドヴィカの様子を彼女に尋ねたりすることもできるようになった。
アントニアは、なぜ元夫が突然便宜を図ってくれるようになったのかと不思議だったが、この嬉しい変化はアルブレヒトのおかげではなかった。神託節の祝祭でアントニアとゴットフリート達が再会した時、アントニアがルドヴィカと音信不通になっていることをラルフが聞き知って、コーブルク公爵家の伝手を使って辺境伯家に侍女やその他の使用人を送り込んでくれた。彼らは少し時間をかけて辺境伯家の使用人の中でそれなりの地位を獲得し、アントニアの手紙がジルケの息のかかった使用人に渡らないようにし、ルドヴィカの返事もアントニアに送れるようにしてくれた。
ルドヴィカとの文通が始まってから数ヶ月のある日、いつものように自室でルドヴィカの専属侍女からの手紙を読んでアントニアは喜びのあまり思わず叫びそうになってしまった。なんとルドヴィカがこの専属侍女と護衛騎士を伴って聖グィネヴィア修道院に来ると言うのだ。修道女や修道女見習いは、たとえ家族であっても余程のことがない限り面会できないが、見習いを辞めた今となってはそんな制限はアントニアにはもうない。でも、どうやってアルブレヒトとジルケがルドヴィカを旅に送り出すことに納得したのか、アントニアには皆目見当がつかなかった。
アントニアは面会日が来るまで毎日待ち遠しく、カレンダーの日を指折り数えながら、ルドヴィカに渡すプレゼントを用意した。仕立て屋のようにお茶会や夜会に着ていくような手の込んだドレスは縫えなくとも、アントニアは侍女にルドヴィカのサイズを聞いて普段に着られそうな比較的簡素なドレスを縫い、刺繍を施した。ハンカチも何枚か用意し、ルドヴィカのイニシャルと花、蝶など様々なモチーフを刺繍した。
そして待ちに待った面会の日――
アントニアは、今か今かとそわそわしながら、修道院の門前でルドヴィカの馬車を待っていた。遠くから立派な馬車が近づいてきたが、まだ紋章は判別できない。でもアントニアは本能的な勘で、あれはルドヴィカの馬車だとほとんど確信していた。
馬車が更に近づいて来ると、辺境伯家の紋章がはっきりと認識でき、久しぶりの再会にアントニアの胸の鼓動は高まった。
アントニアの目の前で馬車が停まった途端、扉が開き、ルドヴィカが飛び出して来ようとした。
「ママー!」
「お嬢様! お待ち下さい!」
「ルドヴィカ! 危ない!」
すぐ隣に座っていた侍女がルドヴィカの手を辛うじて掴んだが、飛び出す勢いがよすぎて支えきれそうにもなく、ルドヴィカは馬車から転げ落ちそうになった。アントニアも転びそうになりながらも扉のすぐ下に駆け付け、すんでのところでルドヴィカを抱き留めた。
「ママ!」
「ルドヴィカ! 今、貴女が怪我をしないか、びっくりしたわ。今度からちゃんとゆっくり降りるのよ」
「うん、ママ……そしたら、またママに会える?」
「ええ、会えるわよ……本当に大きくなったわね。いい子にしてた?」
「私、いい子にしたんだよ。なのにどうして会えなかったの?」
「ごめんね、ルドヴィカ……」
アントニアは、自分に力がないせいでルドヴィカに辛い思いをさせたと切なくなり、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「ママ、痛いよ」
「ああ、ルドヴィカ、ごめんね。嬉しくてついきつく抱きしめちゃったの。それじゃあ、ママのお部屋に行きましょうね」
アントニアはルドヴィカを帯同しないため、彼女の自室は単身用で聖職者用の独居房と大差ない広さである。同様に簡素な木製家具が最低限用意されているだけで、訪問客が座る余計な椅子もない。だからアントニアは事前に食堂から椅子を借りてきていた。侍女と護衛騎士は母子に遠慮して入居者用の共同の居間で待つつもりだったが、アントニアはルドヴィカの普段の様子を彼らから知りたいこともあり、部屋に留まってもらった。
ルドヴィカは、アントニアからのプレゼントを大喜びして受け取った。特にドレスは胸と腰にあしらったリボンと裾の刺繍が気に入ったようで、すぐに着替えると言い張って宥めるのが大変だった。
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