第43話 兄弟揃ってヘタレです

 神託節の祝祭の時に聖グィネヴィア修道院に行って以来、ラルフは以前よりも頻繁に兄ゴットフリートを訪ねに実家のノスティツ子爵家に行く。すると、必ず強欲な両親カタリナとフランツのどちらかに捉まって色々強請られるが、あしらい方に慣れてきて普段同居しているゴットフリートは元より、ラルフも流れ作業のようにおねだりを躱すことができるようになった。


 ラルフ達の両親が外出する時は、コーブルク公爵家から派遣されたお目付け役が付いて無駄遣いができないように監視されている。お目付け役はノスティツ家に常駐していないが、店のない王都郊外から辻馬車停留所まで歩く選択肢はこの2人にはない。必然的にお目付け役が事前に約束した日時に馬車と共に来るのを待つしかない。でもお目付け役に持たされたお金で少しは買い物や外食ができるので、2人は表面的には大人しくお目付け役との外出を待っている。だが彼らは自由にギャンブルや買い物ができず、愛人を持つこともできなくてストレスをためている。


 その日もラルフを見つけたカタリナがギャーギャーと何か強請ってきたが、ラルフは母を軽く躱してゴットフリートの部屋に来た。


「兄上、アントニアとの文通は順調?」

「ああ、順調だよ」

「何を書いてるの? ちゃんと愛を伝えてる?」

「あ、あ、愛?!」

「だって次の神託節まで会えないんだよ。院長達を買しゅ……説得するの、大変だったんだから、このチャンスを生かしてくれないと俺の努力が報われないよ。本来なら神託節の祝祭の時でも、修道女や修道女見習いを男性と2人きりにできないってすごく渋られたんだ」


 男子禁制の聖グィネヴィア修道院でも1年に1回、神託節の祝祭で男性の訪問者も受け入れる。だが無条件で男性が修道女や修道女見習いと2人きりになれる訳ではなく、案内の時は修道院の者が必ず2人以上ついてくる。ゴットフリートはそんな決まりをよく知らなくても、男子禁制の女子修道院なのにやけにあっさりアントニアと2人きりにさせてくれたなと不思議に思っていた。そこには弟の尽力があったと今更ながら聞いてゴットフリートは弟に感謝した。


「彼女が兄上の気持ちを受け入れてくれるなら、一緒になっていいんだよ」

「でも彼女が受け入れてくれるのかどうか……俺が『好きでいてもいいか』って聞いたら、彼女は『ありがとうございます。嬉しいです』って答えてくれただけだよ」

「兄上! それって肯定の返事じゃないか!」

「でもそれは、俺が勝手に彼女を好きでいていいってことで…」

「じゃあ、もっと踏み込んで『結婚して下さい』って言いなよ! もうじれったいなあ!」

「だってまだ婚約もしてないんだよ」

「気になるならまず婚約して下さいって頼めばいいじゃないか。どうしてそんなに意気地なしなの?」

「ラルフ、酷いよ。そういうお前は、まだ白い結婚なんだろう?」

「なっ……! そ、それは! 彼女の覚悟ができるまでってことで……」

「やっぱり。人の事より自分の事を考えたほうがいいよ」

「……無理矢理、関係を迫って心を閉ざされたくないんだよ。俺は待つ」

「俺もアントニアの気持ちが俺に向かうまで待つよ」

「彼女からは言いにくいだろう?」

「お前んとこも同じだよ」

「も、も、も、もううちのことはいいよ!」


 この場に妻ゾフィーがいないことをいいことに、自分に返ってきそうな事もラルフは堂々と兄に言えた。だが、最近、2、3日に一度はラルフが来襲してしつこく説得されていたので、ゴットフリートは弟の性格から言ってまだ妻を抱いてないだろうと思い、とうとう反撃したのだった。


 仕舞いには、ラルフはそれ以上、自分達夫婦の話をしたくないようで、話を切り上げて帰って行った。


 翌日、コーブルク公爵家からノスティツ家にアントニアからの手紙が届けられた。聖グィネヴィア修道院は家族以外の男性の手紙のやり取りを許さないので、アントニアからの手紙はゾフィー経由でゴットフリートの手に渡る。ゴットフリートは、もう何通も受け取っているはずなのに、彼女からの手紙を開封する時は未だに手が震える。


「……え?!」


 アントニアからの手紙を読んだゴットフリートは、驚きふためいて首から耳まで真っ赤になり、片手で口を覆った。

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