第44話 アントニアの気持ち

 ゴットフリートは、震える手でなんとか封筒を開封してアントニアからの手紙を読んだ。



『ゴットフリート様


 神託節の祝祭で再会した時、「好きでいてもいいか」と聞いて下さいましたよね。私は嬉しいと答えました。なぜなら、貴方のことをお慕いしているからです。婚約が破談になってから今まで貴方のことは常に心にありました。でも貴方と自分の立場の違いを考えると、あの時、どうしても私の想いを口にできませんでした。


 貴方はノスティツ子爵家の当主で婚姻歴もありません。ですが、私には婚姻歴があり、元婚家に娘も1人います。後継ぎになれる男の子の出産を望まれていましたが、それが叶わず、離婚することになりました。


 本当なら、貴方を愛している、共に生きていきたいとあの時、伝えたかったです。でも、貴方には後継ぎが必要です。私はもう28歳ですし、前の離婚の経緯もありますので、子供は望めないでしょう。


 だから今まで貴方に私の想いを告げるのを躊躇していました。でも親しい修道女が、気持ちを伝えたい時に伝えないと後悔すると私の背中を押してくれました。


 ゴットフリート様、私は貴方を愛しています。貴方と共に生きたいです。もし貴方もそう思って下さるなら、私達が共に生きるために解決しなければならない問題を相談しませんか?――』



 以前、アントニアはゴットフリートとの縁談をラルフに持ち掛けられ、同じような理由で断った。だが自分の素直な気持ちをゴットフリートに直接伝えたのは初めてだった。


 もしゴットフリートにアントニアと結婚する気があるなら、後継ぎは養子でもいいか。ルドヴィカを引き取れる可能性はかなり低いが、万一可能ならアントニアの元で養育してもいいか。ゴットフリートの両親の散財はおさまったのか、そうでないのなら彼らの行動をどう改めさせるのか、もしくは監視できるのか。問題は山積している。


 ゴットフリートは、アントニアの手紙を読んですぐラルフに会いにコーブルク公爵家へ向かった。


 ゴットフリートは前触れを出していなかったが、すぐにラルフの私室に通された。


「突然来てごめん」

「兄上の方から来るのは珍しいね。最近、説得をしつこくし過ぎて避けられてる気がしていたんだけど」

「それなんだけど、決断したよ。アントニアにプロポーズする」

「え?!――本当に?! 早速ゾフィーを呼んで祝杯を挙げよう!」


 ラルフは最初、驚きのあまり口をあんぐりと開けてポカンとしたが、すぐに我に返って大喜びした。


「ちょ、ちょっと待って! 祝杯はプロポーズが受け入れられたらにして。でもプロポーズの前にお前達夫婦に相談したいことがあるんだ」


 ゾフィーもすぐに駆け付けてくれてゴットフリートの決意を喜んでくれた。そして3人でノスティツ家の後継ぎのことや両親の問題を相談した。


「ラルフ、ゾフィー。アントニアは後継ぎができなくて離縁したから、それを気にして今まで俺との結婚に前向きになれなかったんだ。だからもしアントニアと結婚できても、子供ができなければ養子をもらおうと思っている」


 ゴットフリートがここまで話すと、ラルフとゾフィーはゴットフリートが何を頼みたいのか、だいたい分かって複雑な気持ちになった。


「……こんなことを頼むのは本当に心苦しいんだけど……もしアントニアとの間に子供ができず、君達の間に2人目が生まれたら……その子をノスティツ家の後継ぎにしてもらえないだろうか。もちろん後継ぎになるかどうかも子供自身の意思次第でいい。だから、もしその子にノスティツ家の養子になる気があるとしたら、君達の元で育って成人してからということになる」


 ゴットフリートが『2人目が生まれたら』と言った瞬間、ラルフとゾフィーは視線を泳がせた。ゴットフリートは、弟夫婦の微妙な雰囲気を感じ取り、まだ白い結婚を通しているらしい弟夫婦に酷なお願いをしたことに心苦しくなった。でも養子の当てがなければアントニアは安心してゴットフリートに嫁いでもらえない。


 ゴットフリートは弟夫婦に頭を下げてじっと返事を待った。最初に口を開いたのは、ラルフだった。


「子供が大人になるまで俺達の元にいて、子供自身もゾフィーも養子にいってもいいって言うなら、俺は文句ないよ。――ゾフィー、君はどう思う?」

「私もその条件なら承知します。でも……こればかりは授かりものですし、女の子でしたらどうしますか?」


 シュタインベルク王国では、女性は爵位を継げないことになっているので、ゾフィーの懸念も尤もな事だった。


「君たちの子が女の子で、彼女自身と将来の夫が了承するなら、夫婦でノスティツ家を継いで欲しい。それも無理なら、ラルフ、コーブルク公爵家の一門から養子に来てくれる男の子を探してくれるか?」

「もちろん協力するよ。でもその場合もその子自身と両親の意思次第だね。ゾフィーはどう思う?」

「子供の意思が尊重されるなら、異存はありませんわ」

「2人ともありがとう……」


 酷なお願いにもかかわらず、お願いを聞いてくれた弟夫婦を目の前にしてゴットフリートの目は潤んだ。


 それに比べ、他の問題の解決策は比較的とんとん拍子に決まった。


 ゴットフリートとラルフの両親は、未だに隙あらば散財してしまいそうなので、引き続きラルフが公爵家から監視要員を派遣してくれることになった。


 ルドヴィカの養育問題はラルフとゾフィーには直接関係しないが、話題に出た。アントニアの前夫アルブレヒトがルドヴィカを手放すとは思えないものの、万一引き取れるならゴットフリートはノスティツ家で彼女を養育する覚悟はある。ただ、アントニアは律儀に離婚の際の契約を守っていたので、ラルフはおろか、ゴットフリートもルドヴィカがアントニアの実子ではないことは知らなかった。


 これでゴットフリートは、アントニアの出した問題の解決策を概ね出した。


 ゴットフリートは、コーブルク公爵家を辞した後すぐに、彼女へプロポーズの言葉を綴った手紙を書き、翌日再びコーブルク公爵家を訪れてゾフィーにその手紙を託した。

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