第41話 馬車の中で
ゴットフリートは、聖グィネヴィア修道院の門前でラルフとゾフィーと同じ馬車に乗り込み、2人の向かいに座った。最初、夫婦の邪魔をしたくないとゴットフリートは遠慮したが、ラルフが話したいことがあるからと言って引かず、同乗することになった。ゴットフリートが自宅から乗ってきたコーブルク公爵家の無紋の馬車も、乗客を乗せないままラルフ達の馬車に続いて王都に向かった。
車内でラルフは兄に何か尋ねたそうにしていたが、中々切り出さなかった。ガラガラと車輪の回る音だけが車内に響き、居心地の悪い時間がしばらく続いてようやくラルフは覚悟を決めて沈黙を破った。
「……兄上、聞いてもいい?」
「何を?」
「その……あれだよ、あれ」
「あれって?」
「あれって言ったら、決まってるよね?アントニアだよ」
「『決まってる』のかどうかは知らないけど……おかげで彼女と久しぶりに話せたよ。ありがとう」
「それはよかった。プロポーズはできたの?」
「えっ?! な、な、うわっ、ぐわっ、ゴ、ゴホゴホ……」
それを聞いた途端、ゴットフリートは真っ赤になってむせてしまった。
「兄上、大丈夫?」
「ゴホゴホゴホ……だ、大丈夫、だよ」
「よかった。水を飲む?」
ゴットフリートはラルフから水筒を受け取ってゴクゴクと水を飲んだら、落ち着いた。それを見てラルフはもう一度口を開いた。
「ねえ、兄上、彼女にどんな話したの?」
「な、なんだっていいじゃないか」
「兄上のためにこんなに尽力したんだよ。成果を知りたいなぁ」
ゴットフリートがあまりに赤面して口ごもっているので、ゾフィーが口を挟んだ。
「ラルフ、お義兄様が困っているわ」
「そうだね。ちょっと言い過ぎたか――兄上、ごめん。でも兄上には幸せになってほしくてお節介を焼いてるんだ。それは分かってもらえると嬉しい」
「うん、気持ちは分かってるよ。2人ともありがとう。アントニアには……俺が今までラルフに頼り切りで情けない兄だったって告白したんだ」
「えっ、どうしてそんな事言ったの?!」
「嘘をついて美化した虚像を見てもらっても、いつかばれるはずだ。後で落胆された方が悲しい」
「でも兄上は頑張ってるよ。なのにどうしてプロポーズしなかったの?」
「……できるわけないよ。母上と父上は未だにあんな風だし、家計もぎりぎりだ。慰謝料と実家からの仕送りで悠々自適に修道院で過ごすほうがアントニアにとっていいはずでしょう?」
「兄上、それなんだけど、ちょっと調べてみたんだ。アントニアの実家から仕送りはなくて、辺境伯家からの慰謝料もなるべく使わないように洗濯や掃除も自分でしてるらしいよ」
「え? 本当に?」
「兄上の所だって掃除洗濯、炊事は全部、家政婦にしてもらっているだろう? だからアントニアは修道院で悠々自適に過ごしているわけでもなさそうだよ。それに修道院では兄上の傍にいられないでしょう?」
「えっ、俺の傍?!」
ゴットフリートはまた赤面してしまった。兄のそんな様子を見てラルフはため息をついて頭に手をやった。
「はぁ……兄上は純情過ぎるよ」
ラルフのその言葉を聞いた途端、ゾフィーは夫の横顔をちらりと見た。するとすぐに2人の視線が合い、ラルフは分かりやすく動揺して目を逸らした。ゾフィーからすれば、ラルフもゴットフリートと変わらないほど純情な男性だ。
「……私の旦那様もお義兄様と同じぐらい純情なようですね」
「ゾフィー、勘弁してくれ……」
ラルフは赤面して手で顔を覆った。
「まあまあ、いいじゃありませんか。――お義兄様、アントニアさんに気持ちは伝えたのですか?」
「あ、はい」
「どんな風にって聞いてもいいかしら?」
「い、いいですよ……そ、その、す、す、好きでいても……いいかって……」
「兄上、それだけ?! どうしてプロポーズしないの?! 次に会えるのは1年後だよ!」
「だ、だって、まだ借金が残っていて、借金癖のある両親がいるような俺と……け、け、結婚、してなんて……い、言える、訳ない、じゃないか」
それを聞いてラルフは大きくため息をついた。
「はぁ…兄上、まだ言ってるの? 借金のことも両親のことも俺達が協力するって言ってるじゃないか。どれだけヘタレなの?」
その途端、ゴットフリートは項垂れ、ゾフィーは夫の横顔を再びちらりと見た。ラルフは妻の視線にまた気付いて居心地悪そうに咳払いした。
夕暮れが近づいて近くの街の宿に到着するまで、ラルフとゾフィーは家や両親のことでは協力するからアントニアにもっと気持ちを伝えてプロポーズすべきとゴットフリートを一生懸命に説得した。もっとも時々、ラルフが兄のヘタレ具合を嘆くと、ラルフ自身にその言葉が返ってきてしまい、何度も赤面する場面もあった。
翌日も、宿を出発してゴットフリートの家に着くまで、馬車の中では同じような会話が続いた。仕舞いにはゴットフリートが根負けしてゾフィー経由でアントニアと文通することになった。ただ、これでもラルフには妥協ではあっても一歩前進だった。
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