第27話 聖グィネヴィア修道院
修道女が運営する聖グィネヴィア修道院は、アントニアのように離婚や婚約破棄した貴族や富裕層の女性を寄付金と引き換えに受け入れている。それと同時に離婚や死別で生活のあてがなくなった貧しい女性も無料で保護しており、子連れの女性には母子寮も用意されている。将来自立を目指す女性以外は外部との交流が厳しく制限され、特に親族以外の男性とのやり取りは文通ですら禁止されている。
寄付金はかなり高額だが、修道院に入った後、食事は無料で提供されるし、自分の分の洗濯や自室の掃除を自らするなら基本的な生活費はかからない。でも寄付金を払って修道院に来た女性はここに来る前も洗濯や掃除を自分でしたことがないので、修道院に有料で委託することがほとんどだ。委託された家事は修道院に保護された女性が行い、払われた費用はその女性の収入になる。アントニアのように毎月仕送りがない女性は、出入りの業者から買う細々とした必需品の代金や家事委託の支払いに貯金を切り崩すしかない。
アントニアは、本当なら貯金が目減りする前に母子寮の分まで寄付金を払って部屋を確保しておくつもりだったが、実際に子供が同行していないと入寮できないと言われてしまい、独居房と呼ばれる修道院の狭い個室に入居予定である。
保護や寄付金で修道院に来た女性達は、自動的に神職になる訳ではない。保護された女性は職業訓練を受けたり、少しずつ外へ働きに出たりして数年後をめどに自立し、空いた部屋に次に保護される女性が入る仕組みになっている。もちろん修道女になるのなら修道院に残ってもいいが、付属神学校で神学を学ぶ必要がある。
寄付金で修道院に入った女性は、神学を学ばなくても修道院にずっといることができる。元々自活を考えなくてはならない環境になかったし、大抵、実家の家族に戻ってきたら困ると思われているので、生涯ここに残ることが多い。その場合、修道女にならなくても修道女見習いとして活動することになる。アントニアは実家に帰れないし、再婚するつもりもないので、来学期から付属神学校で学んで正式な修道女になる予定だ。
外部との交流制限の程度の差や母子寮の有無の違いこそあれ、聖グィネヴィア修道院以外の女子修道院もほとんど同じようなシステムを取っている。
アントニアは、辺境伯家の本邸から辻馬車を乗り継いで夜は安宿に泊まり、4日目の昼過ぎに聖グィネヴィア修道院に到着した。離婚に際して得た金銭で辺境伯家から修道院まで馬車を借り切ることもできたが、将来ルドヴィカを引き取れたら母子寮に入るために新たな寄付金が必要になるので、アントニアはなるべく節約したかった。
修道院到着後、アントニアはすぐに院長室へ向かった。院長室には、高齢の院長の他、40歳ぐらいの副院長と若い修道女もアントニアを待っていた。
若い修道女は、アリツィアという名前でアントニアに修道院の中を案内するためにここに呼ばれた。彼女は、顔のそばかすとえくぼがかわいらしく、まだ20歳そこそこに見えた。
自己紹介が終わり、院長が修道院の生活の決まりを説明した後、アントニアは春夏と秋冬用の修道服をそれぞれ2着ずつ受け取った。新しい修道服は2年ごとに支給されるが、それ以上を希望する場合は自腹になる。春夏用は灰色、秋冬用は黒色で襟とウィンプルだけ白い。正式な修道女は白いウィンプルの上から修道服と共布のベールを頭に被り、修道女見習いは白いウィンプルだけ着用する。ただし、修道女にならない予定の女性も見習いと同じ格好なので、一見すると区別がつかないが、修道院の狭い世界ではお互い顔見知りで誰が正式な見習いなのか区別がつく。
修道院に入る手続きはこれで全て終わり、アリツィアがアントニアの使う独居房に案内してくれることになった。自室に荷物を置いた後、アリツィアが修道院の中を案内してここの生活について詳しく教えてくれるという。
「でも貴女は寄付金を払って入っていますので、礼拝以外に仕事をしていただく予定はありません。部屋の掃除や洗濯は毎週、シスターアリツィアに伝えて下されば、実際にしてくれる方に仕事を振り分けます」
「掃除や洗濯は自分でさせていただけませんか?」
「でも貴女のような高貴な身分の女性は、掃除や洗濯などしたことがないでしょう? 無理なさらないでいいのですよ」
「掃除は自室だけでしたが、自分でしていました。洗濯はしたことがありませんが、見せていただければ自分でできるようになれるかと思います」
「分かりました。でも無理だと思ったらいつでもシスターアリツィアに言って下さいね。ではシスターアリツィア、アントニアさんに修道院の中を案内してくれる?」
アントニアは、アリツィアと共に院長室を出て荷物を置きに独居房へ向かった。
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