第28話 修道院の案内
院長室と同じ建物の2階の廊下の両側には、扉が狭い間隔でぎっしりと並んでいる。ここが、修道女や寄付金と引き換えに入ってきた単身女性が使う独居房の一画である。単身で保護された女性は、見習いのうちは別の一画にある大部屋に住み、子連れの女性は別棟の母子寮に入居している。
アントニアとアリツィアは共に廊下を進み、アントニアの自室となる独居房の前で足を止めて扉を開けた。細長い部屋の奥の壁に設えられている唯一の窓からは光が差し込み、その下にある机で神学の勉強がはかどりそうだ。1人横になればいっぱいになりそうな狭い寝台が右側の壁に、反対側の壁にはワードローブがくっつけて置かれている。部屋の幅が狭いので、寝台とワードローブの間は1メートルもない。アントニアはトランクを床に置き、もらったばかりの修道服をワードローブにかけ、アリツィアと礼拝堂へ向かった。
2人が足を踏み入れた礼拝堂は、礼拝の時間外で人っ子一人おらず、シンと静まり返っていた。祭壇の背後のステンドグラスを通して入る日光は様々な色を纏い、礼拝堂は神々しい雰囲気で満ちている。アントニアは、心を打たれて思わずため息をついた。
「はぁ……美しいですね……」
「礼拝の時は、神の祝福がおりてきて言いようもなく素晴らしい雰囲気ですよ」
そう言ってからアリツィアは礼拝の流れを説明し、礼拝堂の中を案内した。
その後、アントニアは食堂や図書館、中庭など修道院の中を一通り案内してもらってから、アリツィアと共に孤児院へ向かった。子供達はアリツィアを見つけると、歓声をあげて一斉に近寄って来た。
「わーい、シスターアリツィアだ!」
「シスターアリツィア! 隣のお姉さんは誰? 新しいシスター?」
「そうよ。シスターアントニアっていうのよ。今日入ってきたばかりなの。仲良くしてあげてね」
「アリツィアさん、私、まだシスターじゃ……」
アントニアが最後まで言う前にアリツィアは彼女の言葉を遮った。子供達にとっては修道女も見習いも皆シスターなのだ。
明るいアリツィアは慕われているようで、子供達は彼女の手を取って無理矢理かくれんぼの仲間に入れてしまった。
「シスターアントニア! かくれんぼを一度やって戻って来るから貴女も子供達と遊んであげて!」
アリツィアが子供達に引っ張られていなくなると、アントニアの周りには大人しそうな子供達が残っていた。彼らは興味深々な様子で彼女をじっと見つめていた。アントニアはアリツィアのような活動的な遊びをできる気がしないが、かつてペーターと訪れた様々な孤児院で子供達に本の読み聞かせをしたことを思い出した。
「ねえ、ここには本あるのかな?」
「うん。シスターアントニア、読んでくれる?」
「ええ。何がいい?」
最初にアントニアに読み聞かせをお願いした女の子は、王子様に見初められた平民の女の子のシンデレラストーリーを希望した。
「そんなのつまらないよ! 勇者が竜を倒す冒険がいい!」
「喧嘩しないで。順番に読むわね」
車座になって読み聞かせを始めたアントニアは、ルドヴィカにも絵本を読んであげたことを思い出し、涙が滲みそうになってきた。今どうしているのか、実の母親と姉とはうまくいっているのか、心配は尽きない。でもこのままアントニアが引き取らないほうがいいのだろうか。アントニアには今や実家の後ろ盾も定期的な収入もない。だがアルブレヒトとジルケは結婚してはいなくとも、ルドヴィカの実の両親でアルブレヒトは辺境伯だ。
その時、アントニアの思考を女の子の声が破った。
「ねえ、シスターアントニア、今読んだとこ、さっきも読んだよ」
「あっ?! 本当ね。ごめんなさい」
その後は無事間違えずに朗読することができ、女の子達は満足した様子だった。
女の子向けの本の朗読の後、勇者の冒険談を読み聞かせている途中、アリツィアが戻ってきたが、アントニアは冒険談を最後まで朗読してから孤児院を出た。
アントニアは独居房の区画でアリツィアと別れ、自室に戻った。そこで荷物の整理をしながら、子供達の様子を思い出していた。そうするとどうしてもルドヴィカに想いを馳せてしまう。孤児院の子供達の世話をしたからと言ってルドヴィカの側にいられない罪滅ぼしになるとは思わないが、それでも親のいない子供達の無辜を慰めたいと純粋に思った。翌日、アントニアは孤児院で仕事をさせてもらえないかと院長に頼み、孤児院で本を読み聞かせたり、文字を教えたりすることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます