第26話 二度目のプロポーズ
アントニアがトランクを持って辺境伯家の裏口を出ると、ペーターがいた。
「アントニア様、どうやって聖グィネヴィア修道院まで行かれるつもりですか?」
「辻馬車を乗り継いで行きます。幸い、荷物も少ないですから」
「修道院に行くのをお止めになりませんか?」
「どういうことですか?修道院に行かなければ、私は宿無しですよ」
「私の所に来て下さいませんか」
「私はもう辺境伯家とは関係のない人間です。ペーターさんにお世話になるわけにはいきません」
ペーターはトラウザーズが汚れるのも構わずにアントニアの前の地面に跪いた。
「ペ、ペーターさん、起き上がって下さい!」
「このお願いは辺境伯家とは関係ありません。私個人のお願いです。私と結婚して下さいませんか?」
アントニアは、最近ペーターがいつも同じ侍女と個人的に親しくしていることを知っていたので、このプロポーズに驚いた。
「結婚の返事は時間をかけて考えて下さってもいいんです。その間も是非うちに住んで下さい。もちろん私とは部屋は別ですから安心なさって下さい」
ペーターは、辺境伯家の敷地内にある使用人用の住居棟に住んでいたが、アントニアの離婚話が出てから住居棟を出て近くで部屋を借りていた。
「あの侍女の方とお付き合いされているんでしょう?それなのに不誠実ではありませんか?」
「あ、あれは……ご、誤解です。確かにちょっと親しくしてはいましたが、付き合ってはいません。でもアントニア様に誤解されないよう距離を置きます」
ペーターはアントニアの指摘を嫉妬と勘違いしたので、どことなくうれしそうに見えた。それがアントニアには酷く不潔で軽いように思えた。
「ペーターさんが誰とお付き合いしようと構いません。でもその方を傷つけないように願っています」
「そ、そんな彼女が傷つくとか、そんな事は一切ありません!」
ペーターはアントニアの冷たい言い様にショックを受けた。
「そうですか。ならいいです。それとプロポーズの返事ですけど……私は再婚するつもりはありませんので、修道院に行きます」
「1年でも2年でも待ちますから、とりあえずうちに来ていただけませんか?」
「そんな中途半端なことをしたら、ふしだらですわ。それに閣下に嫌われていた前妻が貴方のお宅に居候して仕舞いには再婚したら、貴方やご両親の立場が悪くなるでしょう?」
「私は大丈夫です」
「でも貴方のご両親の肩身が狭くなるでしょう?」
「両親への影響はほとんどありませんよ。彼らは普段王都のタウンハウスにいますし、旦那様は社交シーズンしか王都にいきません」
「私、実はね、もう何年も前のことだけど、貴方と距離を置いて欲しいってご両親に頼まれたことがあったの」
ペーターは5年ほど前にアントニアから急に距離を置かれたのはそういうことだったのかと両親に怒りを覚えた。
「ご両親を恨まないであげて。確かに頼まれはしたけど、それを了承する決断をしたのは私よ。貴方に過度に頼っていたのがいけなかったの。貴方には本当にお世話になりました。ありがとう」
「いいえ、過度に頼られたなんて事はありません。アントニア様に頼られることが私の幸せだ……」
ペーターが言い終わる前に侍女のお仕着せを着た若い痩身の女性が飛び込んで来た。
「ペーター! どういうこと?!」
「ヨ、ヨハンナ、私はアントニア様と話があるんだ。邪魔をしないでくれるか?」
「話ってどんな話よ」
「君には関係ない」
「関係あるわよ! 私を何度も抱いておいて他の女にプロポーズ?! よくそんなことできるわね!」
ヨハンナはペーターに掴みかかり、平手打ちした。
「お、お前! うわっ、何するんだ!痛いじゃないか!……あ! ま、待って下さい、アントニア様!」
アントニアは痴話喧嘩をする2人に背を向け、ペーターの呼び声にも振り向かずに辻馬車乗り場へ向かった。
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