第16話 孤児院の子供達
アントニアとペーターは、次に孤児院に案内された。とは言っても別の建物を新たに建てる余裕はこの修道院にはなく、かつて見習い修道士達が寝起きしていた大寝室が子供達の居室兼寝室となっている。組織としての孤児院は存在していても、実態としては修道院と孤児院は一体化している。
子供達は修道女達と一緒に食事をし、勉強や遊びの合間に修道院を掃除したり、洗濯物を干したり、畳んだりなど簡単な仕事を手伝う。読み書きは修道女が空いた時間に教えているが、祈りの時間や修道院のための家事労働、畑の世話などで中々時間を取れないという。
11歳の誕生日か初潮を迎えた女の子は修道女の使わない独居房を与えられ、15歳で孤児院を出るまで自室として使う。11歳になった男の子にも別室を与えられればいいのだが、そのスペースがないので、男の子は11歳になると一番近くの街の孤児院に送り出される。なので、この修道院はなるべく女の子を優先して引き取っている。
女の子に限って言えば、見習い修道女として修道院に残る道もあると言う。ただ正式な修道女になるには神学校に進学しないとならず、奨学金でも貰わない限り、ずっと見習いのままだ。正式な修道女と見習いは、修道服で区別がつくのだが、余裕のないこの修道院ではごちゃ混ぜになっている。
「そう言えば、絵本や物語の本を持って来たんです」
アントニアが有名な物語のタイトルをいくつか口にすると、2人を案内する院長は申し訳なさそうに『子供達は読めないかもしれない』と打ち明けた。
「それでは朗読してもいいでしょうか?」
「それはいいですね! 子供達はきっと喜びます。ありがとうございます!」
アントニア達は馬車から贈り物を下ろし、絵本と物語の本を子供達の所へ持って行った。子供達の居室の床にそのままアントニアが座って子供達に車座になるように勧めると、院長は驚いて止めた。
「そんな、辺境伯家のご親戚の方に直接床に座っていただく訳には参りません! お召し物が汚れます! 食堂で座って読まれてはどうでしょうか?」
「子供達と遊んでもいいように普段着で来ましたから大丈夫です。それに椅子に座って読んだら、子供達に絵本が見づらいでしょう?」
アントニアはそのまま子供達の部屋の床で車座になって絵本を読み始めた。ペーターもそれに見習い、床に座って少し大きめの子供達に物語を読み聞かせ始めた。子供達は食い入るように夢中になって朗読を聞いた。
ペーターが1冊読み終わった時にはアントニアはもう2冊目の絵本を朗読し始めていた。
「次は何がいい?」
「騎士の物語がいい!」
「じゃあ、これは?」
「うん、それ読んで!」
次の朗読は騎士の物語で子供達の意見が一致した時、ある男の子がペーターに話しかけてきた。
「ねえ、おじさんは騎士じゃないの?」
「うん、残念だけど違うよ」
「残念って、おじさんも騎士になりたかったの?」
「いや、俺は子供の頃から未来の辺境伯閣下のお側付きになることが決まっていたから、そんなことは考えもしなかったなぁ」
「騎士になるにはどうすればいいか知ってる?」
「君は何歳だ?」
「うーん、正確な誕生日は知らないよ。ここに入る時に8歳ってことにしようって言われたから……もうすぐ11歳かな?」
平民が騎士になるには十代前半のうちから従騎士になるしかない。そうは言っても身元を保証する者がいない孤児が従騎士になりたいと言って簡単になれるものではない。街の自警団の下部組織に入ってその経由で推薦してもらうのがいいだろう。もうすぐ街の修道院に移動するのなら、そこで伝手があるかもしれない。
ペーターは、こんなこともあろうかと思って持って来た木剣を使い、興味のある子達に剣の稽古をつけた。ペーターは騎士ではないが、侍従として辺境伯を守る訓練も受けている。
あっという間に時間が過ぎ、日が暮れて薄暗くなってきた。元々は修道院に泊めてもらって翌朝出発の予定だったが、アントニアは昼食の時の子供達の様子が忘れられない。2人分でも余計に夕食と翌朝の朝食を出してもらうのは忍びなく、これから村に向かってそこで宿泊すると院長に伝えた。
「そんな訳には参りません!暗くなってからの移動は危険ですから、どうか宿泊なさって下さい」
「でも……申し訳ないですから」
「食事のことでしたら、2人分余計になるのは大した違いではありません。ご心配ならずにどうかお泊り下さい」
院長があまりに危険だと引き留めるので、アントニア達は修道院に泊まることにし、宿泊の分を加味して寄付金を増やした。
翌朝、修道女達や子供達と一緒に朝食を取った後、アントニアとペーターは修道院を出発した。
帰路の道中、アントニアは苦しい胸の内をペーターに吐露した。
「お飾りの妻でもどうでもいいと思ってたけど、こういう時には何の権限もなくて悔しいわ」
ペーターは何と言ってアントニアを慰めていいのか分からなかった。
この慰問以降、ペーターはアルブレヒトにかけあい、アントニアと自分を辺境伯の親戚夫婦という触れ込みで色々な僻地に慰問へ連れ出した。慰問先は圧倒的に修道院付属の孤児院が多く、この経験がアントニアの後の決断に大きな影響を与えることになった。
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