第17話 偽装妊娠

 初夜の儀から欠かさず月に一度、医者が指定した妊娠しやすい期間にアントニアはアルブレヒトと閨の機会を持った。彼は、相変わらず妻の苦痛など全く意に介さず自分勝手にアントニアを抱くので、閨の度に彼女は心身共に憔悴した。


 事が済むと、アルブレヒトはさっさと寝室を出る。すぐ入れ替わりに来る侍女達は、初夜の時と同じハーブティーをいつも持ってきてアントニアが飲むまでじっとその場におり、彼女も飲まざるを得ない。結婚後一度も懐妊の兆しがないのは、そのハーブティーのせいだろうとアントニアも薄々気付いている。でも彼女もアルブレヒトとの間に子供を作りたいと思えないので、もっけの幸いと思っていた。


 そうこうしてあっという間に結婚1年余りが経った。いつもの閨の時のようにアントニアが本邸の寝室で待っていると、アルブレヒトは寝間着に着替えないままやって来た。


「これから閨は当分なしだ」

「私には異存ありませんが、王家にはなんと言い訳をするのでしょうか?」

「ジルケが妊娠した。だがお前が妊娠したことにするから、お前には別邸へ移ってもらう」

「そんな……生まれる子供はどうするのですか?!」

「王家には俺とお前の子ということにする」

「そんな大それた嘘をつくのですか?! 露見した時に処罰を免れないでしょう?! それに子供やジルケさんの気持ちを考えると……」

「うるさい! それもこれもお前のせいだ! 俺はお前なんかと結婚も子作りもしたくなかったんだ!」


 アントニアだって本当はそうだった。でも王命を断れる家などない。だったら貴族の義務として結婚するしかない。でもそんな経緯で結婚してもせめて理解しあえる夫婦になりたいと王命を受けた時は微かな希望を持っていたが、その希望は婚約中に既に諦めた。なのに今や後継ぎさえ偽装するという。子供がいなければ結婚後10年で離婚を許可してもらえる可能性があるのに、その可能性がなくなってしまうのがアントニアは嫌だった。


「……わかりました。偽装に協力します。その代わり、その子が男の子だったら、王家に離婚の許可を求めてくださいませんか?」


 打って変わってアントニアが偽装に協力すると言うので、アルブレヒトは冷静さを取り戻した。


「そうしたいのはやまやまだが、王家は息子2人が生まれるまで閨の義務を課しているから無理かもしれない」

「でも男の子が1人いて閣下が何か功績を上げれば、その褒賞として離婚の許可を求めることもできるかもしれません。スペアがどうしても必要なら、フランチスカさんに婿を取ってもらえればいいでしょう?」

「まあそうかもしれないな」


 アルブレヒトは、そんなことで離婚を認められる可能性は少ないと思ったものの、アントニアの協力を得られないと困るので、お茶を濁した。


 この話から間もなくアントニアは辺境伯領の中の南端にある別荘に移った。表向きは、大事をとって暖かい南部で妊娠期間を過ごすためだ。別荘は元々辺境伯家が保有する家ではなく、この偽装のためにアルブレヒトがわざわざ用意した。人里離れた場所にある、小さな古い家は最近ずっと使われていなかったようで、本邸のかつての離れほどではないものの、少し埃っぽく、そこかしこが壊れていた。


 ペーターはアルブレヒトの側近の任務を休む許しを得られず、長年辺境伯家に仕えている彼の両親が別荘の実務やアントニアの世話を担った。ペーターの父は王都のタウンハウスで執事、母は侍女長をしており、アントニアが別荘にいる間は代理を立てている。秘密を保持するため、この2人以外、別荘に使用人はいないが、ペーターは折を見て別荘を訪れた。


 ジルケは、本妻の懐妊にショックを受けたという建前で腹が大きくなる前に領地内の別の瀟洒な別荘に引きこもった。ここも人里離れた場所にあり、元々辺境伯家の狩猟用に使われていた。アントニアのボロ別荘と違い、小さめだが手入れが行き届いて、使用人も5人用意された。彼らは、長年仕えていて秘密を洩らさない者ばかりだ。


 派手なことが好きなジルケは、田舎に押し込まれて商人を呼ぶこともできないので、不満をアルブレヒトにぶつけた。


「アル! こんな所に閉じ込めて酷いわ! 商人も呼べないなんて!」

「済まない……でも君が腹を大きくして、逆にアントニアの腹がぺったんこなのを見られたら、偽装がばれちゃうだろう? 欲しい物は買ってあげるから、もう少しの間、辛抱して。何が欲しい?」


 それで少しジルケの機嫌はよくなったが、アルブレヒトの買ってくる物がジルケの希望と微妙に違うので、ジルケはすぐにまた苛々するようになった。


 アルブレヒトとの間に生まれた3歳の長女フランチスカは、本邸にアルブレヒトと共に残った。幼いフランチスカが秘密を守れるとは思えないので、これから生まれる弟か妹が同母のきょうだいという事実を彼女には伏せることになったからだ。母が自分を置いていったことにフランチスカは傷つき、癇癪をよく起こすようになった。そんな子供を使用人達はおろか、実の父親のアルブレヒトでさえ、腫れ物に触るかのように扱って何でも望むことを叶え、フランチスカはどんどん我儘になっていった。

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