第14話 村の視察

 朝食の後、村長がアントニアとペーターを迎えに宿屋に来て、村の代表達の待つ村の集会所へ向かった。


 この村のような辺境伯領の境界に近い僻地に、辺境伯のアルブレヒトは行ったことがないし、代理の者すら直接訪問することも滅多にない。年に1回の税金徴収の時だけ一番近い街から役人がやって来るぐらいだ。ただ、この村の納める税金はその街のものより遥かに少なく、役人も村をおざなりに扱う。だから珍しく公爵家の代理が村に宿泊するのなら、村を視察してもらって要望を聞いてもらいたいと村人達が思うのも無理はない。


 集会所は村の中心地にあり、一般村民の家と同じような外見である。村長は最初にアントニアとペーターに集会所の中を案内した。


 1階は村民の集会に使われ、テーブルと椅子の他、古びた本が少し入った本棚もある。図書館というには寂しい限りの品揃えだが、村の人達が読み終わった本をここに持ってきて別の本を借りていくようなシステムだというが、新しい本の補充は滅多にされない。


 集会所の2階は子供達に勉強を教える場として使われていて、教科書として使われる本は2階に置いてある。ただし、この村は小さいので、正式な学校ではない。子供達に勉強を教えるのは、近くの街から村に嫁いできた女性だ。学校に通ったことのあるからという理由だが、それだって最低限の学校を卒業しただけなので、難しいことは教えられないし、毎日は無理だ。なので、村民は辺境伯家に教師を派遣してもらえないかと要望した。


 集会所には村長、副村長と村の有力者達の計6人が揃っていた。まず村の現状を見てもらおうということになり、アントニアとペーターに村の中を案内した。


 最初に行ったのは、集会所のすぐ近くにある村唯一の食料品店、雑貨屋、洋品店であった。村には商店がこの3店しかなく、後は宿屋兼食堂があるだけだ。だが旅人がここまで来るのは滅多になく、宿屋はほとんど開店休業状態だと村長は話した。


「そうですの? 不思議ですね。昨日到着した時には満室だと言われましたが……」

「あの宿屋が満室? あり得……うっ!」


 村の有力者の1人が驚きの言葉を上げたが、うめき声を突然上げて最後まで言葉を紡げなかった。


 アントニア達が見た商店の品揃えはどこも寂しく、どうやら開店休業のようだ。通りから見て商店の裏側には、家庭菜園が広がり、鶏が飼われていた。


「なにせここは僻地で小さな村ですし、この先にあるのは自給自足の修道院と孤児院だけですから、商人が回ってこないのです。それで我々はほとんど自給自足の生活をしています。服や靴のようにこの村で生産できない物は、農産物を一番近い街で売った金で買ってきています」


 村民は畑を耕したり、家畜を飼ったりして自給自足や村民同士で物々交換してなんとかやりくりしている。村にもう少し商品を流通させてほしいという事も彼らの要望の一つだった。でも商人も採算度外視で商売できるわけないし、辺境伯家が利益にならない土地での商売を強制できるわけでもない。


 この村には医師もいないので、急病人が出たら馬車で2時間の街へ行くしかない。雑貨屋に少し薬が置いてあるが、雑貨屋の主人に薬の専門知識がある訳でもない。医師の派遣も村民の悲願だが、領地内にこのような小さな村は数えきれないほどあり、辺境伯家がどこかに医師を派遣すれば、他の村にも派遣しなくてはならなくなる。


 商店の見学の次に、村長達は村の外れにある畑に2人を案内した。村民は、家の裏で自家消費用の野菜を作り、大工や食堂、商店、狩猟など他に専業のある者以外は郊外の畑で商品作物を作っている。寒冷地なので、商品作物としての葉物野菜の栽培はしておらず、栽培作物は小麦や砂糖加工用のテンサイが中心だ。ただ、病害虫や野生動物の食害に悩まされていてその解決方法の指導も村民は希望している。


 村の抱えている問題は、ペーターの一存で何とかできるようなものではない。かと言ってアルブレヒトに陳情しても、費用や他の市町村との兼ね合いで一朝一夕に解決できる問題でもないし、小さな村のことなど歯牙にもかけないだろう。アントニアは何の権限も持てない自分が情けなかった。


 一行は集会所に戻り、その他にもある村民の要望をペーターに伝えることになった。アントニアも同席したかったが、村長達の妻がやってきてアントニアには女性達の話を聞いて欲しいというので、彼女達と一緒に2階へ上がった。


 彼女達はしげしげとアントニアの髪や服を見て感嘆した。


「貴族の奥様ってやっぱり綺麗にしてますねぇ」

「いえ、そんな……」


 アントニアは髪や肌の手入れを侍女にしてもらえないし、綺麗なドレスを買ってもらえないので、一般的な貴族の妻のように綺麗にしている自信がない。だが僻地の村の女性達は普通の貴族の奥様方を見たことがないので、アントニアが綺麗に見えるのだ。アントニアは地味ではあるものの、質のよいブラウスにスカートを履き、髪の毛も自己流だが彼女達より綺麗にまとめている。その一方、村の女性達は日に焼けた肌にカサカサの手をしており、洋服は袖口や襟が擦り切れ、スカートは皺くちゃで裾に土の汚れが付いている。後ろで一つに束ねている髪の毛は痛んでいて切れ毛が目立つ。


「私、普段から自分で髪の毛をまとめているんですよ」


 アントニアの言葉に村の女性達は色めき立ち、やり方を教えてくれと熱心に頼んで来た。一番近い家からブラシと油、はさみを持ってきてもらい、アントニアは彼女達の枝毛を切って髪の毛をまとめて見せた。


「香油があればいいんですけどね、持ってきていないのよ。ごめんなさい」


 その代わりに孤児院に寄付する品物から少し、村人に平等に分けてもらう約束で彼女達に渡した。


 昼近くになってペーターが村長達から解放された。昼食を一緒にどうかと誘われたが、ペーターは修道院で昼食の約束をしていると言い、食料品店で食料を少し調達してアントニアと村を発った。

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