第13話 夢
アントニアとペーターが階下の食堂に降りて行くと、夕食の時間にはまだ早いのか、2人が唯一の客だった。2人はクッションもない素朴な木の椅子に座り、おかみさんにメニューを聞いた。
「おかみさん、食事は何があるんだい?」
「
「他には?」
「こんな辺鄙な村じゃ中々食材が手に入らなくて今日のメニューはそれだけなんです。申し訳ないですね」
ペーターはその他にワインも注文しようとしたが、今は自家醸造したビールしかないと言われた。そのビールは発酵しすぎているのか、酸っぱくてアントニアは一口飲んだだけで後は飲めなかったが、食事は完食した。
夕食後、部屋に戻った後、ペーターは食堂からハーブティーを持ってきてくれた。それを飲んでから、アントニアは疲れがたたったのか、1・2日目同様、すぐに眠くなって寝台に腰掛けていられなくなり、倒れ込むように寝入った。
眠り込んだアントニアは、初夜の儀の夢をまた見た。
――痛い!
夢の中で、最初の性交の試みが失敗に終わって不機嫌になった夫アルブレヒトは、アントニアを叩き、驚きの命令を下した。なんとペーターに新妻の身体を解せと言うのだ。アントニアは、恥ずかしさと不安で泣きたくなった。でも近づいてきたペーターは、優しく不安を和らげてくれた。
その後、彼の手の感触が次第に心地よくなり、アントニアの頭の中はフワフワとしていった。でも突然、王家の立会人に止められてアルブレヒトがペーターを下げた。アルブレヒトが近づいてきて苦痛への恐怖を感じて思わず叫びそうになったところでアントニアは目覚めた。そして自分がいるのがあの仮初の夫婦の寝室ではなく、宿屋の客室だったことに再びほっとした。
ペーターは既に床の寝具を片付け、着替えていた。
「奥様、おはようございます。うなされていたようですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、また嫌な夢を見てしまったの」
「そんなに嫌な夢だったんですか?」
「いえ、いい事もあったんだけど、悪い事に打ち消されちゃったと言うか……最後が怖かったの」
『そうですか』と相槌を打ったペーターは、ほっとしたような表情をした。
「身支度をお手伝いしましょうか?」
「いいえ、1人で大丈夫よ。ちょっとだけ後ろを向いていてくれる?」
「いえ、奥様がお着替えになるのなら、部屋の外に行きます。1階でお待ちしていてもいいでしょうか?」
公爵邸の離れでは、アントニアは侍女の助けをほとんど期待できないので、アントニアは普段1人で着られる前開きのブラウスとロングスカートを愛用している。この慰問に持って来たのもそういう服だ。
ペーターは先に階下の食堂に行き、アントニアが着替え終わって朝食を食べに来るのをそこで待った。2人が揃うと、夕食時は台所に籠り切りだったおかみさんの夫が台所から出てきてアントニア達に朝食を運んで来た。朝食はパン、チーズ、ハムに紅茶という質素なものだったが、贅沢な食材は僻地の村では入手困難であることを考えれば文句は言えない。
「おはようございます! 朝食をお持ちしました」
おかみさんの夫がアントニアの背後から近づいてきて声をかけた。彼の視線がアントニアのうなじに落ち、思い出したかのように付け加えた。
「それにしてもお二人は、仲がよろしいんですねぇ。うちのかみさんなんて、仲良くするのはもうお断りってぐらいに太っちゃって……うぐぐぐっ!」
宿の旦那が最後まで言う前に、横幅が彼の2倍はありそうなおかみさんが大きな手で夫の口を慌てて塞いだ。
「あんた! 余計なことを言うんじゃないよ!――申し訳ありません。うちの人、ちょっと軽率な人で……」
「いえいえ。お気になさらず」
おかみさんは気まずそうに2人に謝罪し、夫の尻をつねった。
「ギャー、痛いよ! 暴力反対!」
「コラッ! お客様の前で騒ぐんじゃない!」
「お前がお客様の前で暴力働くからじゃないか!」
わあわあ言って台所に下がっていく夫婦が仲睦まじく、絆を感じられてアントニアは羨ましくなってしまった。
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