第2章 名ばかり当主と出戻り修道女

第1話 破談になった婚約

 ノスティツ侯爵家嫡男ゴットフリートは、10歳の時に2歳年下の幼馴染のエーデルシュタイン伯爵令嬢アントニアと婚約を結んだ。その少し前には2歳年下の弟ラルフがやはり幼馴染で1歳年下のバルトブルク伯爵令嬢レアと婚約した。


 引っ込み思案のゴットフリートは、はきはきしていて時にずけずけと物を言うレアがどちらかと言うと苦手で、大人しいアントニアとの方と気があった。ゴットフリートとアントニアは、はっきりと口にした訳ではないが、お互い慕っていて相手の好意も感じていた。


 ゴットフリート達やアントニア、レアは当時全員、基本的に王都のタウンハウスに住んでいた。だから子供の頃の4人は顔を合わせる機会が割とあって、会えば仲良く遊んだ。遊びをけん引したのは、明るくて活発なレア。穏やかな兄弟も大人しいアントニアもレアと喧嘩してまで彼女の提案を拒否しようとはしなかった。


 ゴットフリートが12歳で寄宿学校に入学した後、残りの3人の関係は変わった。3人で会った時にアントニアがラルフと話すと、レアがとげとげしくアントニアに当たる。アントニアは最初、気のせいかと思った。


 決定的になったのは、アントニアの11歳の誕生日だった。ゴットフリートは寄宿学校から帰省できず、アントニアの誕生日パーティに出席できなかった。寄宿学校は、王都からそれほど遠くない街にあるので、物理的には帰省可能だったが、寮の門限までに間に合わなかったり、宿泊を伴ったりする外出は年2回のホリデーシーズン以外、滅多に許可が下りない。だからゴットフリートは、誕生日プレゼントをラルフから渡してもらう手はずを整えていた。ゴットフリートは両親を信用できず、領地に住んでいる祖父にプレゼント品の入手を頼んだのだが、王都の方が品揃えがよいので、祖父はタウンハウスの家令を通してラルフに買ってくるように伝えた。


 アントニアがゴットフリートからのプレゼントの包みを開けると、そこには美しいガラスペンが入っていた。軸にピンク色の花びらが散っているかのような模様が付いていてとても美しい。ゴットフリートは知らないが、アントニアはこの時のプレゼントを大人になった今でも大事に持っている。


 プレゼントを渡した時、ラルフは口が滑って自分がペンを選んだことをレアの前で言ってしまった。その後パーティの間、彼女は終始不機嫌な様子を隠さなかった。それ以来、アントニアがレアの前でラルフと話したりすると、レアはあからさまに焼きもちを焼くようになった。それでゴットフリートの年に2回の帰省時以外、アントニアは彼の実家ノスティツ家から足が遠のくようになったが、ゴットフリートがこのことを知ったのはずっと後のことだった。このことで後にレアは、ゴットフリートとアントニアに罪悪感を覚え、2人の再会と復縁に尽力することになる。


 悲劇が起きたのは、ゴットフリートが18歳目前でアントニアが16歳の時。後2年経てばアントニアが18歳になり、2人が結婚できるという時だった。


 当時、ゴットフリートとラルフは15歳の成人を迎えてからそれほど経っておらず、しかも寄宿学校に在学中だったので、祖父の先代侯爵の死後、急速に傾くノスティツ侯爵家の財政をどうにかできる状況ではなかった。彼らが知った時にはもう何もかも遅く、ノスティツ家は借金で領地を売らなくてはならなくなってしまった。その罰として父ノスティツ侯爵は子爵に降爵した上で引退し、長男のゴットフリートが爵位を継ぐことになった。


 ノスティツ家はゴットフリートとラルフ兄弟の寄宿学校の学費も払えなくなり、2人は退学を余儀なくされた。借金問題が表面化する1年前からノスティツ家は既に寄宿学校の学費を払っておらず、学校にはそれ以上の猶予をもらえなかった。でもその1年間、兄弟が学校で支払いのことで肩身の狭い思いをしないように学校が配慮してくれただけでもありがたいと思わなければならないだろう。


 ゴットフリート達の伯父コーブルク公爵アルベルトだったら、学費ぐらいは払ってくれたかもしれないが、彼は2人が退学するまで滞納の事実を知らなかった。ゴットフリート達の父は、学費のために仲の悪い義兄のコーブルク公爵に頭を下げるつもりがさらさらなかったのだ。その上、公爵の妹でゴットフリート達の母カタリナが公爵にしょっちゅうたかろうとしていたので、ゴットフリート達は伯父に相談しづらかったようだし、公爵も妹一家を避けていた。


 ノスティツ家がこんなことになり、アントニアとレアの双方の両親が婚約破棄を申し入れてきた。ゴットフリートは本心では嫌だったが、今の経済状況では婚約破棄をされても仕方がないし、止める手段もない。ラルフも多分嫌だったろうが、彼は兄には何も愚痴を言わなかった。それどころか、すぐに気持ちを切り替えて王宮の下級官吏の試験を受けて合格し、勤め始めた。


 ゴットフリートは、おとなしい性格なのに意外にも騎士になりたくて寄宿学校の最初の3年の基礎課程を修了した後、騎士課程に進んだ。それなのに卒業を目前にして退学しなくてはならなくなった。騎士課程の卒業資格なしに騎士になりたければ、従騎士から始めなければならないが、侯爵子息だったゴットフリートに従騎士の訓練環境は厳しい上に、年齢的にも従騎士から始めるのは遅かった。


 ゴットフリートが絶望して閉じこもる中、頼りにならない名ばかり当主の兄と放蕩者の両親に代わってラルフが家の一切を切り盛りするようになった。そうなるとゴットフリートはますます卑屈になって殻に閉じこもっていった。


 婚約破棄後、4人が会うことはなく、このまま何事もなければ2度と会うことはないと思われた。風の便りでラルフは、レアとアントニアがそれぞれ結婚して子供にも恵まれたと聞いた。でも兄はその話を聞きたくはなかろうと思い、ラルフは兄の耳には入れなかった。引きこもっているゴットフリートは、弟にでも聞かない限り、彼女達の現在について知る術はなかったが、年頃の貴族令嬢が結婚しない訳はない。アントニアが別の男性と結婚したことを聞けば苦しくなるだけなので、ゴットフリートは弟に聞こうとは思わなかった。


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第1章第11話の後半に繋がる話です。

第2章の初めの方でヒロインが結構ドアマットになりますが、私の他の作品と違ってハッピーエンドになりますので、安心(?)して下さい。

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