第50話 6月30日 火曜日②

 電話ボックスのうしろでコンコンとガラスを叩く音がした。

 こんなときに誰だ? ふだんはこの電話ボックスに人っ子一人こないのに。

 僕は今絶対にこの電話ボックスから出るわけにはいかないんだ。

 他の電話ボックスに行ってくれ。

 

 「そう言われてもいち警備員じゃ何もできないよ」

 

 「でも、そこを、そこをなんとかお願いします」

 

 まだ僕のうしろで誰かがコンコンと電話ボックスのガラスを小突いている。

 頼むから別のところへ行ってくれ。

 

 「わぁ!!」

 

 「え?」 

 

 は? 僕はマヌケな声を出していた。

 聞き慣れた声と電話ボックスのうしろから僕を驚かせるこの行動パターンって……。

 

 「な、な、な、なんで?」

 

 僕はすぐに振り返って電話ボックスから飛び出した。

 バタンとドアが閉まる。

 電話ボックスの中で受話器が宙ぶらりんになってゆらゆらと揺れていた。

 菊池さんの声が聞こえないけど・・・・・・・聞こえている・・・・・・

 

 「拓海くん。なんか電話ボックスでばたばた忙しかったね?」

 

 「えっ? どういこと?」

 

 「だって何回も受話器をとったり置いたり。また何か新しいことやってるのかな~って思ってノックしてみました」

 

 彼女は呑気にそう言った。

 じ、事故は? い、生きてる? 「111」の呪い? 最期のお別れにきた?

 

 「えっ、あっ、その、あの」

 

 「拓海くん。なんでそんなに驚いてるの?」

 

 「だ、だって車にはねられたんじゃないの?」

 

 「どういうこと?」 

 

 そう言って彼女はきょとんとした。

 どういうことか知りたいのは僕のほうだ。

 

 「だって電話でそう言ってたから」

 

 「誰が?」


 語尾を上げた彼女の問いは僕の心境とは真反対に日常でよく使う疑問符だった。

 

 「だ、誰? だ、誰だろうね。わかならないけど……」


 僕も僕で自問自答する。

 

 「わからない? それって相手がわからないってこと?」

 

 「そう」

 

 「どういうこと? まさか、の、呪いの電話? 拓海くん。もしかしてひとりで111にかけちゃった?」

 

 ここで「111」の話題を持ってくるなんてやっぱり僕ときみはどこか似てるのかもしれない。

 でも結局あれってじっさいは試験発信による自動返信があるだけなんだよ。


 「111にはかけてないけどU町のドラッグストアのところの公衆電話に電話をかけたらきみが車にはねられたって」

 

 「えっ? 果たしてそれは本当に山村澪ちゃんかなぁ?」

 

 彼女は自分の名前を言いながら首をかしげた。

 

 「えっと、えーと」

 

 ……そういえば僕は彼女が事故に遭ったところを直接見たわけじゃない。

 さっきの電話の主は――山村さんってあの女子高生のこと?しか言ってない。

 僕が勝手にそう思い込んで、――はい。そうです。って答えただけだ。

 それって僕の勘違い?

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