6月30日

第49話 6月30日 火曜日

 いまだ紺野さんの家にも学習センターにも直接訪ねて行く勇気はない。

 僕は通称「旧駅前電話ボックス」からU町にあるドラッグストア前の公衆電話に電話をかけた。

 前に菊池さんに教えてもらっていたからあの公衆電話の電話番号は知っている。

 プルルルと呼び出し音が鳴る。


 けれど直接公衆電話本体に電話しているせいか誰も応答ない。

 ただ単に電話ボックスの周りに人がいないだけかもしれないけど。

 はたから見れば無人の公衆電話が鳴ってるわけだし……気味悪がって誰も応答ないよな。

 自分がその場にいたらやっぱり応答ないな、と思いながら僕は受話器を置いた。


 ピピーピピーピピーと機械音が鳴って公衆電話からテレホンカードが出てきた。

 僕はどこの誰に繋がると思ったて電話したんだろう? ガラスの壁にもたれて辺りを見回す。

 廃駅はいつものように静かだった。

 でも母さんがああなった後だって「6月8日・・・・」以前までは静かだった。


 それでも僕はもう一度だけ”番号を持たないきみに”届くかどうかわからない電話をかけてみる。

 またプルルルと電話が鳴りっぱなしだ。

 当然だ。

 誰も受話器を上げないんだから。


 「もしもし?」


 えっ、つ、繋がった?

 

 「あ、あの山村さん?」

 

 僕は反射的に問いかけていた。


 「山村さんってあの女子高生のこと?」


 受話器の向こうからは見知らぬ男の人の声がした。

 

 「は、はい。そうです」

 

 「なら救急車はもう行ったよ。せっかく小学生たちが注意してくれてるのにさ」

 

 きゅ、救急車って? しょ、小学生? 小学生たちがいる場所で倒れたのか?

 

 「ど、どういうことですか?」

 

 「えっ? さっき車にはねられた娘でしょ?」

 

 く、車にはねられた? どうして彼女が車にはねられるんだ?

 なんで? 小学生たちが危ないって言ったのに山村さんはそれを無視して道路を渡っていったのか。


 あっ!? 違う!!

 あのU町の電話ボックスの場所って……。

 小学生たちが注意してるっていうのはまさか。

 

 『渡るなら 横断歩道 歩こうね U町小学校 3年2組 〇×△□』

 

 U町の中にも標語の看板がたくさんあった。

 小学生たちが注意してるっていうのはあの歩道にある標語のことだ。

 

 「も、もしかして斜め横断ですか?」

 

 「そうだよ。ドラッグストアの前の車道」

 

 そ、それって僕が電話をかけたから? だから山村さんが車にはねられた? 僕は一昨日、他の場所からでもあの公衆電話に電話できることを教えていた。

 なら、あのドラッグストア前の公衆電話が鳴った場合、彼女は僕がかけた電話だと思うかもしれない。

 なら、やっぱり僕のせいで……彼女は交通事故に。

 

 「あ、あのその娘ってどこの病院に運ばれたかわかりますか?」

 

 「いや、それはわからないね~。けど交通事故ならK市の総合病院じゃないの?」

 

 ……待ち合わせで事故に遭っていいのはLudeの漣が主演しているドラマのヒロインだけなのに。

 でも、K市の総合病院って。


 そっ?!

 そうだ、それなら菊池さんに訊けば。

 っていっても今、何時だ? わからない。

 菊池さんが休憩なら電話に出てくれると思うけれど仕事中なら無理だ。

 下手に何度も僕の着信履歴を残すと心配させてしまう。

 場合によっては大将や水木先生それに町内会の人も巻き込んでしまうかもしれない。

 遠回りでもこんなときのために「117」の時報があるんだ。

 

 「ありがとうございました」

 

 「いやいや。じゃあ」

 

 相手のほうからがちゃんと電話を切られた。

 僕は慌てていったん受話器を戻しふたたび受話器を手にテレホンカードを押し込むようにして挿入口に入れる。 

 慌てないようにゆっくりと「117」に電話をかける。


 ――ピッ、ピッ、ピッ、ピッー!! 午後四時。十五分。二十。秒。を。お知らせします。


 僕は時報で今の時間を確認した。

 四時十五分だった。

 この時間なら菊池さんはまだ休憩中だ。

 

 僕はまた受話器を置きすぐに受話器を上げた。

 山村さんきみは僕と最初に出逢ったときに訊いたよね? 「117」の時報は何に使うのかって? 今わかったよ。


 「117」の時報は僕が「山村澪」を探す始まりのために使うんだ。

 暗記している菊池さんの十一桁の番号をあせらないようにゆっくりゆっくりと押していく。

 プルルル、プルルルと呼び出し音が鳴る。

 この待ち時間が何十秒にも感じた。

 菊池さんは五コール目で電話に出た。

 

 「ああ、拓海くん?」

 

 「はい。そうです」 

 

 「どうしたの? 久しぶりだね」

 

 「はい。ごぶさたしてます。あの菊池さんにちょっとお願いがあるんですけど。いいですか?」

 

 「えっと、何かな?」

 

 「その病院にこれから救急車で運ばれてくる人がいると思うんです。そのひとのことが知りたいんです」

 

 「えっ!? い、いや、それは無理だよ。だって僕はただの警備員だもの」

 

 「そ、そこをなんとかお願いします。切羽詰まってるんです」

 

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