第48話 6月29日 月曜日

 今日、一日僕は抜け殻のように過ごした。

 学校に行ったけれどどんな授業をしたのかぜんぜん覚えていない。

 それでもコインランドリーの裏の紺野さん家、あるいは学習センターに彼女がいるんじゃないかという自分勝手な希望だけは残していた。


 菊池さんに電話する予定もないし電話ボックスにも行かなかった。

 でも本当の理由は、いくら電話ボックスで彼女を待っていてももうあの場所に彼女がこないことを悟っていたからだ。

 それでも今日の午前中にはあの電話ボックスに彼女がいたんじゃないかという希望を創る・・

 


 こんな日にアルバイトがあるのは救いだ。

 家で独りは耐えられそうにない。

 孤独というものの怖さを初めて知った。

 大納言でのアルバイトの空き時間に秋山さんに訊いてみる。


 「アイドルが出てるドラマってありますよね?」

 

 「そりゃあ。山のようにあるわよ。それが?」

 

 「たとえばそのドラマで女の娘がうずくまって泣いていたらそのあと展開ってどうなりますか?」

 

 「そんなの簡単よ。うしろから優しくガバっ、よ」

 

 ガバっとは?

 

 「抱きしめてそのまま俺がいるからでしょ? もう、拓海くん何言わせんの? Ludeの漣もついにドラマ決定だしね。全国各地でイベントもやってるしね~」

 

 秋山さんはひとり妄想の世界に行ってしまった。

 僕はぜんぶの選択を間違えたみたいだ。

 

 「だってそうでしょ~。かわいい女の娘が傷ついて泣いてるんでしょ? もう、そうするしかないでしょ。他にやることなんてないよね? そしてここぞというときにLudeの曲が流れてきて次回、衝撃の展開が、よ」


 衝撃の展開?


 「さらにCMをはさんで次回予告。待ち合わせの途中でヒロインが交通事故に遭って漣が病院に駆けつけるシーンでまたCM。このパターンで来週まで引っ張るのよ」


 秋山さんはまだ妄想の世界に行っていた。

 そういえば、ここ最近、僕の視野も広がってきた気がする。

 この状態はふつうの高校生に戻ってきたってことなんだろうか?

 

 「へ~」

 

 それが正しい男の行動パターンなんだ。

 

 「拓海くん、なんか参考になった? まあ、拓海くん高校生だもんね。大人になってから考えるとそういう心が疼くような悩みでさえ楽しいものなのよ」 

 

 「そうなんですか? でもありがとうございます。参考になりました。あの、これ、お礼です」

 

 僕は「ラーメン 大納言」の刺繍の入った黒いエプロンのポケットからLudeの漣という人がプロデュースした試供品のシャンプーとリンスのセットを取り出した。

 そんなに大きくないからエプロンの中にしまっていても仕事に支障はなかった。

 

 「えー!! た、拓海くんこれどうしたの?」

 

 「偶然ドラッグストアでもらったんですよ」

 

 「あ、ありがとう!! そっかLudeって今、大手ドラッグストアとタイアップしてるからね~」

 

 秋山さんはすごく喜んでくれた。

 でも僕のほうが今までどれだけ助けられたことか。

 秋山さんはお返しと言って今日はグミをふたつくれた。

 僕もいつか秋山さんに何かプレゼントをあげないと、と思っていたから良かった。

 

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