第47話 6月28日 日曜日③

 ドラッグストアの前にある電話ボックスに入っていてもただ見慣れた緑の公衆電話があるだけで何もすることがない。

 僕はいったん電話ボックスから出てドラッグストアの入り口前の掲示板やショッピングカートが置いてあるところに留まった。


 ここからなら外の電話ボックスも見えるし彼女が戻ってきたタイミングで迎えに行けるからだ。

 まだ商品売り場には入っていないのに化粧品か香水の良い匂いがしている。

 僕はときどき店内にも目をやる。

 店の中では何かイベントをやっているようだった。

 


 ここで何分待っただろうか? いっこうに彼女が戻ってくる気配がない。

 僕もさすがに焦ってドラッグストアから出てU町にきて最初に辿った道を進み彼女の家に行ってみた。

 すでに彼女の姿はなかった。

 僕はまた間違えたみたいだ……。


 僕にはこれ以上U町の地理はない。

 ここは彼女がもともと住んでいた町で彼女がどこに行ってしまったのかなんてぜんぜん見当もつかない。

 ふだんの彼女ならそんなことはしないだろうけど違うバス停からひとりでS町まで帰ってしまった可能性もある。


 僕のさっきの言葉で彼女は計り知れないほどのダメージを受けたのは間違いない。

 そんな状況ならひとりでS町に戻ったとしても不思議じゃない。

 父親の罪をずっと肩代わりしてたんだから。


 彼女のお父さんはうちの母さんにはがきなんて送ってなかった。

 彼女が働いたアルバイト代を僕に渡す必要なんてなかったんだ。

 もう二度と彼女には逢えない気がした。


 僕はバス停で帰りの時刻を確認した。

 けれど今、何時なのかがわからない。

 ドラッグストアに行けばわかると思いまたドラッグスストアに戻り今度は店内の商品売り場まで進んだ。

 やっぱり香水のような良い匂いがしている。


 買い物客がたくさんいて、この人の賑わいにすこしだけ心が落ち着いた。

 店内の一画に何種類かの厚紙を組んで作ったパネルがある。

 そこにはS町では絶対に見かけないような男の人が印刷されていた。

 S町にはこんな服を着ている人もいないしこういう髪型の人もいない。

 S町で男が行く理髪店は四店舗だけだし。


 でもこういう人が髪を切るなら美容室だろう。

 ただ美容室であってもS町では無理かもしれない。

 僕は運がいいのか悪いのかわからないけれどLudeの漣という人プロデュースの美容グッズを販売している特設コーナーに出くわした。


 さっきのイベントはこれだったのか? 今もここに若い女子が多く集まってきている。

 Ludeというロゴの入ったジャンパーを着ていて竹で編んだカゴを持った女の人に黒を基調とした小さなボトルのシャンプーとリンスのセットをもらった。

 Ludeはこのドラッグストアとタイアップしているから漣のドラマ決定記念に専用コーナーをつくったと教えられた。

  販売台の上には正規の五百ミリリットルのシャンプーとリンスが置かれている。


 「すみません。このシャンプーとリンスのセットもうひとつもらえたりしますか?」

 

 「あっ、はい、どうぞ。漣さんも男性に使ってほしくてプロデュースしたみたいですし」

 

 やっぱり僕は運がいい。

 僕はもうワンセットシャンプーとリンスの試供品をもらった。

 

 「もしよかったら明日もきてくださいね?」

 

 僕は目の前にある漣という人が大きく印刷されたパネルを見返した。

 

 『Lude -漣- 3日間連続キャンペーン』

 

 このキャンペーンは三日間もつづくのか。

 僕はドラッグストアを出て独りバス停に向かう。

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