第46話 6月28日 日曜日②
U町の町中に入って約五分後、彼女がここで降りるというから現在Ludeとタイアップ中の大手ドラッグストア前で降りた。
ドラッグストアの前では「セール中」という大きな旗が風になびいていた。
ここの歩道にもガラス張りの電話ボックスがある。
国道沿いの目立つ場所にあるから僕はこの公衆電話の存在だけは前から知っていた。
「この電話ボックスの電話番号は知ってる」
「うそー。さっき言ってた話? じゃあここに電話をかけられるの?」
「そうだね」
「目から鱗」
そこのドラッグストアと同じで今日は鱗のセールだ。
ここもS町と同じように左右の歩道には「斜め横断禁止。信号を渡りましょう」という看板とともに交通安全のスローガンが何百メートル置きかで立っていた。
U町の看板にも何年何組のあとにそれを書いた人の名前があって最後に作品。
『渡るなら 横断歩道 歩こうね U町小学校 3年2組 〇×△□』
国道の両脇の歩道にこんな看板があるってことはここの道路もまた斜め横断をする人が多いんだろう。
「拓海くん、こっちだよ」
僕は彼女のあとをついて行く。
国道の歩道をすこし進んだ交差点で信号を待つ。
斜め横断ならたしかに早く渡れると思った。
でも僕も彼女もそれはしない。
信号機の近くで機械の鳥のような鳴き声がした。
どうしてどこの青信号もみんなこの合図なんだろう? 僕らはそのまま住宅街を進んだ。
民家も疎らになってきた閑静な場所に一軒の平屋があった。
でもその家には窓がない。
中から割ったのか? 外から割られたのか? おそらく後者だろう。
家の壁やドアに「泥棒」「詐欺師」「金返せ」「死ね」「消えろ」「ゴミ」「クズ」などと罵詈雑言のスプレー書きがあった。
判別不能な文字もあるしカラフルな図形もある。
誰か知らない人が「参上」してるし、どこかの誰かの十一桁の番号や誰かのSNSのアカウント名もあった。
卑猥な文字もあってとくにかく家の壁は落書き帳のようになっている。
S町のあの夜逃げした居酒屋のように壁が凹んだりバットで叩いたような穴もある。
あの居酒屋もこんなふうにされたんだろうと思った。
「ここが私の家だったところ……」
落書の文字を見た瞬間からわかっていた。
「山村」という表札にも落書きがあって「泥棒山村一家。死ね」と書き換えられていた。
表札の中のおそらく彼女のお父さんの名前があっただろう場所もノミのようなもので削りとられている。
仮に被害に遭った人がこれを書くならまだわかる。
あの三人組の女子の”かなえ”という娘が彼女に復讐するというのも理解できなくもない。
でも何の関係ない人がこういうことをするのはどうしてだろう? それは正義の代行みたいなことなのだろうか? 詐欺の被害者家族からすればこれをやってるいる人も大きく括れば犯罪者だ。
詐欺師とたいしてかわらない。
「これを僕に見せたかったの?」
「うん」
「だってさ。この壁の言葉って拓海くんも思ったことでしょ? 私のお父さんだから”お父さん”って呼んでるけど。あいつって呼んでもいいくらいだよね? うちのお父さんは拓海くんのお母さんにそれくらいひどいことをしたんだから」
たしかに思った。
でもその対象は母さんだったし、警察だったし、詐欺グループだったし、社会だったし、世界だった。
そして最後は自分に向けてのものだ。
僕が許せなかった根源は僕自身、でも今は違う。
「正直、思わなかったといえばうそになる。でも、今はきみにもきみのお父さんにもなんの怨みはないよ」
「それって気を使ってくれてるだけでしょ?」
「ううん。違う」
「うそだよ。私のことを
「本当に怨みなんてないよ。
「いいんだよ。そんなうそつかなくても」
彼女はいいながら壁を指差した。
「この人たちみたいに私に怒りをぶつけてくれていいよ」
たぶんこの娘に何を言っても通用しない。
お父さんの罪をこの娘がぜんぶ背負ってるんだから。
きみが僕にこれを見せたのは僕の前からも社会からもドロップアウトするためじゃないの? だから僕が……。
「今日どうしても山村さんに言いたいことがあるって言ったよね?」
「うん。あんな言いかただったけど。きっと私にとっては良い話じゃないって思ってた」
きみはいつもいつも本心を隠す。
僕が菊池さんに言われた――きみは世界の何もかもを信じてないって。って言葉。
わかるんだ、山村さん。
きみも人なんか信じる価値はないって思ってるんだろ? それは前までの僕と同じだ。
「すこし早いけど言うよ。僕が山村さんに告白したかったこと……」
「うん。はっきり言ってくれていいよ」
僕と山村さんはまた見つめ合った。
バスの待合所のときとはまた違う瞳の強さだ。
「僕の母さんを騙したのはきみのお父さんじゃないんだ」
「え?」
彼女は目を大きくしたまま止まってしまった。
「よく聞いてね。うちの母さんに届いた詐欺のはがきの消印は北九州市の門司港。そしてそのはがきが投函された日はきみときみのお父さんがパチンコ屋の新規オープンイベントに行ってた日なんだ。郵便の消印にはきちんと意味があって消印の一段目は郵便物を受けた年。二段目は月日、三段目が郵便局が郵便を受け取った時間帯。うちに届いたはがきの三段目には9と12という消印が押されていた。だからうちに届いたはがきは×月×日の日曜日に北九州市の門司港の郵便局が朝の九時から昼十字の時間帯で受け取ったものってことになる。この時間帯きみはきみのお父さんの姿を朝昼晩の間隔で見ていた。だから仮にパチンコの合間の数時間に九州に行ったとしてもはがきを投函して帰ってくるなんて無理なんだ」
「……えっ、な、何、わかんない」
「つまり、きみのおとうさんが投函したはがきはうちには届いてなかったんだよ。きみのスマホにもたしかにその証拠が残っていた。うちの母さんにはがきが投函された日にきみときみのお父さんはパチンコ屋の前で写真を撮ってたよね?その写真の端に日付の入ったパチンコ屋の旗があった。それに写真のデータの日付も×月×日で写真を撮った時間も正確に十二時三十八分って残ってるんだ」
「ど、どういうこと」
彼女は言葉につまっている。
当然だ。
きみの世界が百八十度回転したんだから。
「えっと、あの、その時間はお昼で。私がお父さんに差し入れを持って行って。それでふだんなら絶対言わないのに二人で写真を撮りたいなんて。でも、あの」
相当混乱してる。
無理もない。
「そこで疑問が湧くよね? きみの家にあった名簿やはがきはなんだったのかって? じっさいにお父さんは受け子で逮捕もされてるし」
彼女は何も言わずに、いや、言えずに何度もこくこくとうなずいた。
「つぎからは僕の仮説なんだけど。U町とS町は振興局が違っていてある意味他の県から他の県に郵便を送るようなもの。だけどじっさいはわずか三十キロの距離しか離れていない。詐欺グループははがきを送る直前に騙そうとしている僕の母さんと高額求人で応募してきたきみのお父さんが目と鼻のさきに住んでいることに気づいたと思うんだ。犯人側がこのことを知っていたかどうかはわからないけどS町とU町は振興局が違っていても警察の捜査エリアは同じ
「お父さんは……無実」
「すくなくとも僕の家に届いたはがきに関してはね」
彼女はそのあと無言になってその場に
こんなときどうすればいいんだろう? あいにく僕にはこういった場合の選択肢を持ち合わせていない。
しばらくそっとしておく、という考えだけがゆいいつ頭に浮かんできた。
「すこし席外してるね」
彼女は何も答えなかった。
僕はひとりで歩いてきた道を引き返す。
こういうことに経験豊富な人なら上手く何かできるんだろうけれど……。
女の娘があんなふうになってしまった場合どうするのが正解なんだろう?
◇
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