6月28日

第45話 6月28日 日曜日

 僕は今日、彼女に告白しようと思っている。

 それを言うのはU町に着いてからのほうがいいだろう。

 自分から遠ざかってしまった町にまた戻るんだからそれはきっと何か覚悟があってのことだろう。


 僕らは道の駅のフロントカウンターでS町からU町までのバス往復券を買ってバスの待合室に座った。

 待合室の壁に貼ってある化石関連のポスターやバスの運賃表を見ているとちょうど人が途切れて誰もいなくなった。


 「私まだ住民票がU町にあってさ、叔母さんが住民票S町に移せばって言ってくれてるんだよね」


 「きみはどうしたいの?」

 

 彼女はまだ「X-Y=+3」には含まれていなかった。

 それでも近いうちにS町の流入数「X」になるかもしれない。

 今日は六月の二十八日。

 もうすぐ今月も終わる。


 七月には「X」になってる可能性もあるんだ。

 もっとも七月の人口の増減が確認できるのは八月になってからだけど。

 

 「私の意思か……。私いつからか自分の意見がなくなちゃって、さ」

 

 「わかるかもしれない。世間から落ちると自分の意見なんか言っちゃいけないって思うからね」

 

 そう何もかもに独りで耐えて、耐えて、我慢しなきゃいけないって思ってしまうんだ。

 

 「そうそう。拓海くんもわかってるねぇ」

 

 「学校のこともまだ決めてないの?」

 

 「う~ん。それも考え中」

 

 彼女と目が合う。

 誰もいないこの待合室のときが止まったようだった。

 お互いに目を逸らせないでいる。

 心のなかがザワザワする。

 えっと……。

 

 「111って呪いの電話だったらどうする?」

 

 急角度で話題を変えられた。

 

 「いや、それはないよ」

 

 時間ときが動きはじめた。

 ある意味、彼女に助けらたのかもしれない。

 彼女はまったく「111」を怖いなんて思ってなさそうだ。

 むしろホラー映画でも観るようなはしゃぎっぷり。


 本当に怖い話が苦手なのかな? 女子はときどきホラーを怖いと言いながらじつは好きだったりする。

 そのパターンかもしれない。

 でもホラー映画でに出てくるアイコンより心ない人間のほうがよっぽど怖い。 

 

 「拓海くん。どうしてそう言いきれるの?」

 

 「111が本当に呪いだったとしてそれでみんな騒いでるならもっとニュースになってると思うよ。そもそもこのスマホ全盛の画面をタップして電話をする時代に111って番号を知ってる人のほうが少ないはずだし。幽霊側も111にあんまり電話がかかってこなかったら驚かせがいがないよね?」


 「目から鱗」

 

 それほどのことは言ってないと思うけど。

 僕たちはしばらくホラー映画の話とかふつうの高校生が話しそうな話をした。

 なんだ、こういう話もけっこう好きなんだ。

 ジェットコースターを怖いっていうようなものか。 


 「拓海くん。114にもかけてみない?」

 

 「114は電報だよね。誰にどんな電報を送るの?」

 

 「う~ん、それはやっぱりお祝いの電報がいいよね」

 

 「お祝いか。いいかもしれない。でも送る相手いるの?」

 

 「……犯罪者でも結婚ってできるかな?」


 とうとつに話題が変わった。

 

 「えっ?」

 

 もしそれに自分を当て嵌めてるのだとしたらきみは犯罪者じゃないし。

 

 「冗談」

 

 彼女はいったん僕の目を見てまたすぐに逸らした。

 その冗談に”遊び”はどれくらい含まれてたんだろう? 待合室に観光客や他の人がやってきて「114」の話題も時間とともに消えていった。

 待合室の壁時計で時間を確認する。

 

 あと二分くらいでバスがくる。

 ふたりで道の駅から出てバス停の前にならんでいると体中に広告を貼ったラッピングバスがやってきた。

 僕らは整理券をとってうしろから三列目の右側に座った。

 彼女が窓側で僕はその横だ。

 

 バスが走り出すと僕はまずはじめに大納言でのアルバイトの話をした。

 そこで秋山さんの話をするとLudeの話題になった。

 彼女がスクールバッグにつけている「L」というアルファベットのキーホルダーもLudeのだ。


 Ludeは今、大手のドラッグストアとタイアップしている最中。

 そういえばU町にもそのドラッグストアがあったっけ。

 彼女の口からLudeの話題もきけたし。

 やっぱりふつうの女子高生だった。

 

 つぎの話題は公衆電話にもいくつかの色があるという話だ。

 僕が前に気になって調べたことを教えた。

 いかに緑色の公衆電話が優秀かがわかったようでやっぱり彼女の目からは鱗が落ちた。

 電話繋がりでつぎはテレホンカードの上の穴の話になった。

 当然、今の彼女が持っているテレホンカードの上にも穴はあいている。

 

 僕が彼女に逢わないと思っていた日も、じつは彼女は午前中に狙いを定めてあの電話ボックスから弁護士さんに電話をかけていた。

 だから僕とニアミスさえしなかったんだ。

 

 午前中に電話ボックスに行けば僕は学校だから鉢合わせすることはまずない。

 でも結局テレホンカードに穴のあくタイミングはわからなかった。

 そういえば菊池さんにも訊いてなかった。


 でも、僕たちは何もかもすべてを知る必要はないってことでそれは謎のままにしておくことにした。

 いつでも――あの話は?って話題を作れるから。

 でもこれは教えておいたほうがいいという話はしておかないと。

 

 「指で回すダイヤル式の電話があるんだけど119はいちばん最後の9まで回すことで心を落ち着かせるようにつくられたんだって。だから僕に馴染みのあるプッシュ式の電話じゃ意味がないんだ」

 

 「じゃあ110の0は急ぐから最初が0なのかな?」

 

 「ああ、そうかもしれない!!」

 

 僕たちの出逢いがあの電話ボックスだったからかもしれないけど僕らはバスに乗ってから公衆電話のことばかり話している。

 そして公衆電話のそれぞれにも個別の電話番号があることを教えた。

 彼女から今日、二枚目の鱗をゲットした。

 

 通称「旧駅前電話ボックス」がなければ僕らは出逢うこともなかった。

 この出逢いは「良縁」と「悪縁」のどっちだろう? 今のところ「良縁」か「悪縁」は選べない。

 なぜなら、まだとても大きな問題がひとつ残っているから……。

 僕の告白に彼女はどう答えるだろうか? バスはもうすでにU町に入っていた。


 このあたりから振興局が変わって別の住所に変わる。

 いくつか小さな橋を渡り寂れた集落を過ぎたところで蕎麦屋と消防署が見えてきた。

 あたりの景色が突然、拓けた。

 急勾配の坂をくだると大きな橋があって左には工事予定の看板がある。

 そこ通りすぎるとオープン半年記念のイベントをやっているパチンコ屋。

 ここを先頭にU町の中心街に突入していく。

 

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