第43話 6月26日 金曜日③

 僕は電話を終えしばらく待っててもらった彼女のところへ向かう。

 

 「今日は長かったね?」

 

 彼女はずっと待っていてくれた。

 僕がまたふつうの高校生に戻るならば……。

 きみも、「山村澪」もまたふつうの高校生に戻らなきゃいけない。

 いや、僕が戻さなきゃいけない。

 

 同じように親の呪縛に縛られているなら今度は僕が開放してあげなきゃ。

 つぎに彼女と逢ってスマホを見れば心の中で引っかかっていた何かが鮮明になるはず。


 「ねえ。山村さん・・・・。明日、アルバイトかボランティアが終わったらまたこの電話ボックスで逢えない? シフトだから時間が変わるんだよね? 時間は任せるけど」


 今回はきちんと約束を交わしておく。

 

 「何時がいい?」

 

 「いつもの」

 

 「わかったよ」

 

 彼女はふふっと笑った。

 それに時間だって”いつもの”で通じた。 

 もし僕がアルバイトしている時間だったら大将にまた休みをもらおうと思った。

 

 「あの。ところで僕が毎日この電話ボックスで菊池さんに電話してることどうやって知ったの?」

 

 「きくちさんって誰?」

 

 「遠縁の人」

 

 「へー、いつものその人に電話してたんだ?」

 

 「えっ?! 知らなかったの?」

 

 「うん。ただ、きみ、じゃなく拓海くんが入院中のお母さんのことを心配して毎日電話をしてるって話はきいてたの」

 

 僕の呼び名が拓海くんになってて単純に嬉しかった。


 「誰に?」

 

 「うちのお父さんの弁護士さん。私がここで電話をしてたのはその弁護士さんなの」

 

 「ああ、なるほど」

 

 彼女がここで電話をしていたのはそういう理由だったんだ。

 たとえ逮捕されたとしても憎んでいてもやっぱり親子だから。

 彼女も彼女なりにお父さんが心配なんだろう。

 僕にもあるんだ親に対するあの好きか嫌いかどっちかを選べない感情が。


 たしかにそんな話なら叔母さんの家では電話しづらいだろう。

 そういったナイーブな話をするなら道の駅の公衆電話でもコインランドリーの公衆電話でも町外れのコンビニの公衆電話でも無理だ。


 そう、それができるのはこのガラスで囲まれた誰も通称はしていないこの「旧駅前電話ボックス」だけ。

 弁護士さんに聞いたってことは、僕が今どういう状況なのか警察や検察も把握してるってことか? よくわからないけど梅木さんって警察が動いてくれたのかもしれない。


 「本当はいけないらしいんだけどね。女子高生特権で拓海くんの現状だけ教えてもらったの」


 女子高生特権っていうのはものすごい特権みたいだ。


 「そしたらお父さんのせいで拓海くんのお母さんが入院しちゃてるっていうし」

 

 彼女はまるで体のどこかを斬られたように顔を歪めた。

 それだけお父さんの罪を背負ってしまってる。


 僕はそろそろアルバイトに行かないといけないから今日はここで彼女と別れた。

 本当はそんな顔を見ていたくなかったから早めに切り上げただけ。

 それに明日、逢うって約束の”お守り”もある。

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