第35話 6月22日 月曜日

 いつものように学校に行って授業を受け家に帰る途中で菊池さんに電話をした。

 今日の母さんは不調だった。

 まあ、そんな日もある。


 僕は昨日も学校に行ったから休みを挟んだ気がしない。

 家に戻ってポストを開けると中にはスーパーのチラシ二枚と新聞勧誘のチラシが入っていた。

 新聞か、購読めるなら読みたいけど。

 今日は三枚のチラシのみ……もうお金の入った白い封筒が入ってることはないだろう。

 

 ――ただいま。

 

 家に誰もいなくたってこれはしつけだから。

 そのままアルバイトに行く準備をする。



 大納言に行くとあの常連さんになりかけ・・・・の三人組はいなかった。

 当然だろう。

 おそらく日曜日もいなかったはずだ。


 「あの女の子たちクラスメイトから盗んだ財布を使ってたんですって」

 

 それは秋山さんと大将の会話だった。

 大将は今ジーパンとTシャツ姿でどこかからの帰りみたいだった。

 の、前にどうして秋山さんがそんな話をしてるんだろう? 秋山さんが今話してる話ってあの「山村澪」とあの三人組の女子のことだよな。

 

 「その金で注文してたのか?」

 

 「そうなんですよ。もともとサボり癖のある三人だったみたいですけど」

 

 「最近よくきてたあの女子三人組だろ?」

 

 「そうです。なんでもわけありで」

 

 「わけあり?」

 

 「いや、わけありっていうのはその財布を盗られちゃった娘のほうで」

 

 「被害者のほうが?」

 

 「そうなんですよ。だから警察の梅木さんって人がきて簡単に事情を訊かれました」

 

 なるほど警察が大納言に寄っていったんだ。

 しかも梅木ってあの警察の人か? 僕が通報したあとどうなったのかはわからないけれどあの人が担当なのか? 昨日のあの電話だけで大納言に事情を訊きにくるなんてやっぱり警察はすごいな。


 僕が電話したこともバレてるかもしれない。

 けど今日、大将が店を抜けてるときに秋山さんが梅木という警察の応対をしたんだ。


 あの女子三人組は「秋山澪」からお金をとっていたイコールいじめの被害者。

 あっ!?

 僕はあの娘が使っていたがま口の財布を思いだした。

 S町ここの大型スーパーの百均でも売ってそうだって思ったっけ? 断定はできないけれどそういう理由であのがま口の財布を使っていたのかもしれない。

 

 もしかして僕をコインランドリーの裏の駐車場に呼んだのも助けてほしいっていうメッセージとか? じゃあ、あのお金はボディーガードの前払い?……という話なら母さんは関係ないか。


 それにボディガードを頼むなら僕よりももっと強い人がいるはずだし。

 大将と秋山さんの話だから会話に入っていきづらくて僕はそのまま話を聞き終えた。

 なんせその諸事情・・・は僕が知っていてはいけないことだし。

 

 「あとこれ。その梅木さんって警察のかたが置いていきました」

 

 秋山さんがポスターのようなものを大将の前に掲げた。

 

 「なんだ?」

 

 「防犯ポスターです。近隣市町村のお店に配ってるらしいですよ」

 

 「ああ、ならどっかそのへんの壁に貼っておいて」

 

 「梅木さんが詳しく言ったわけじゃないですけど。財布を盗られた娘って学校でいじめに遭ってたようで今、S町このまちの親戚のところにいるみたいなんですよ」

 

 秋山さんは公衆電話の真上に防犯ポスターを貼りながら「山村澪」の諸事情を明かしていった。

 いじめの事実が確定してしまった。


 S町の親戚のところにいるってことは叔母の”コンノ”って人の家だろう。

 彼女はやっぱり、あの「X-Y=+3」の公式の「X」に当てはまってるのか? でもまさか僕のアルバイトさきで彼女が言いたくなかった諸事情を知ってしまうなんて世の中は不条理だな。


 「あのブロガーのことも梅木さんに言っておきましたよ」

 

 「別にいいのに」

 

 「梅木さんってそういう金融系犯罪の担当なんですって」

 

 「ほっときゃいいんだって」

 

 「でも、あれって脅迫みたいなものじゃないですか?」

 

 「でも上手い言い回ししてたぞ。月間なんとかユーザー数がどうのこうのである意味広告だからその対価として支払う金額にしては格安だってよ。まあ俺はそこで電話切ったけどな」

 

 なんとかユーザー数? たぶん月間UUユニークユーザー数のことだろう。

 一か月のそのブログに訪問した人の数だ。


 「このラーメンがヤバイ(このヤバ)」の読者数から考えてもUUユニークユーザーは相当多いはずだ。

 でも、そのな言いかたなら脅迫にはならないのか? 大将が言うような言いかたならむしろ強気な営業という部類に入るのかも。

 線引きは難しい。

 

 「警察も今の段階じゃどうもできないけど。つぎにそういう電話がきたら一度相談してくれとのことです。威力業務妨害いりょくぎょうむぼうがいでなんとかできるかもしれないって言ってました」

 

 「わかった」

 

 大将は秋山さんと話の合間に――ちょっと着替えてくる。と会話を切った。

 大将は付箋つきの「【町内会】C班 大場将樹おおばまさき様」と書かれたA四のプリントを持って男子更衣室に入っていった。

 あっ、今日は町内会の会合だったんだ。 

 ……大場将樹おおばまさきを省略して「たいしょう」。


 ラーメン店の店主で感じが大将のようだから「大将」ってことじゃなかったんだ。

 身近な人のことでも知らないことはある。

 さすがにフルネームを知らなかったのは失礼だけど。

 防犯ポスターを貼り終えた秋山さんが僕の前にやってきた。


 「拓海くん。はいチョコ」


 「あっ、ありがとうございます」


 秋山さんにオヤツの一口チョコをもらった。

 今「山村澪」の境遇を知ったばかりなのに僕は今、ふつうの日常にいる。

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