第33話 6月21日 日曜日②

 僕は便箋の中に指定されていた時間よりもすこしだけ早くその場所に向かった。

 場所は地方銀行の支店の対面にあるコインランドリーの裏側の駐車場だ。

 

 こんなところに何があるのかもわからない。

 ただ便箋にそう書いてあったから行ってみるしかなかった。


 何よりあの娘が指定した場所だ。

 僕はコインランドリーにつくと裏側の駐車場に回り込んだ。

 何台かの車が停まっている。

 その駐車場に人影が見えた。

 

 えっ?! 

 そこには高校生くらいの女子三人と電話ボックスで出会った彼女「山村澪」がいた。

 

 ……でも僕がまず最初に驚いたのは「山村澪」よりも彼女が連れ立っていた女子三人だった。

 僕はその三人の顔をよく知っている。

 だって彼女たちは最近、大納言でよく見かけるあの三人組だから。

 彼女とあの三人は知り合いだったんだ。


 大納言の常連になりかけ・・・・の女子三人は僕がたった三回だけ会っただけの「山村澪」を取り囲んでいた。

 僕は車の影にとっさに身を隠す。

 これはどういう状況なんだろう? だってこれはあきらかに異常事態だ。

 

 「山村ほら渡せよ?」

 

 恐喝?

 

 「フリマなら高く売れるから。これからくるって例のアイドルのフライヤーも高く売れたし。センスあるわ。ちょっとはまったかも」

 

 「下着は規約で無理じゃん」

 

 三人組は彼女にそう言って脅していた。

 

 「Tシャツじゃダメ?」

 

 彼女は無感情にそう返した。

 なんでこんな事件に巻き込まれてるんだ? この状況は完全に三対一の対立構図。

 

 「世の中にパンツ泥棒がいるとしてその泥棒のパンツを売ったらリサイクルになるじゃん」

 

 「泥棒が泥棒されたって文句言えねーよな? だから渡せよ」

 

 三人の中でいちばん背の高い女子がそう言った。

 僕は彼女に呼び出されたはいいけれどあまりのタイミングの悪さに出直すことにした。

 

 「S町ここで毎日誰にも会わないように不定期でバイトしてるんだろ?」

 

 誰にも会わないように? どういうこと?

 

 「もともとおまえのせいだろ? ついでに唾も出せよ。そういうの買う変態もいるから」


 「こんな汚いやつの唾なんてよく欲しがるよな。唾だよ、唾」


 「おっさんには価値あるんだよ」

 

 彼女は何も言い返さずにただ黙っていた。

 はぁ、この三人のような人たちって人を騙してもなんにも思わないタイプなんだろうな? 人には見えない傷を見ることができる人とそうじゃない人がいるんだ。

 彼女たちは後者だ。


 あの娘「山村澪」がこの三人に何をしたのかわからないけれどこんなことをされていいわけがないんだ。


 「山村と話すの同級生ってもううちらしか残ってねーじゃん?!」

 

 「感謝しなよ?」

 

 「誰もあんたとなんて話したがらないんだからさ」

 

 僕は大納言でこの三人を見てたはずなのに……僕の考えが甘かったんだ。 

 この三人組はこんなことをやってるからあんなに頻繁に大納言で飲食ができたんだ。

 他にも被害に遭ってる人がいるかもしれない。


 大納言の食事代だって毎日だとけっこうな額になる。

 あれぜんぶをこの「山村澪」から奪ったもの換金し払ってたのか?

 

 三人で分割しているとはいえひとり千円を超えた日もあったはずだ。

 大納言の常連さんたちはみんなきちんと働いていてビールも飲める大人たちだ。

 たしかコインランドリーの中には緑の公衆電話があった。

 あれを使おう。

 

 僕はそのまま表の入口に向かって両開きの手動のドアを開き中に入った。

 コインランドリーには三人のお客がいた。

 ひとりはベンチに座りながらスマホに夢中。

 残りふたりは男女のカップルらしく大きな袋に乾燥を終えた洗濯物を入れて出て行った。


 僕は公衆電話の受話器をあげて左下にある赤いボタンを押す。

 そのあとに数字の「1」を押した、つぎも「1」だ。

 そして最後こんな状況じゃなければ押すことをためらってしまう「0」を押す。

 受話器からすぐに声がきこえてきた。

 

 「はい。事件ですか? 事故ですか?」

 

 相手は冷静にそう訊いてきた。

 はじめて押したけどちゃんと警察に繋がった。

 

 「S町のコインランドリーの裏で女子高生が恐喝されています。あの地方銀行の支店前にあるコインランドリーの裏の駐車場です」

 

 「では事件ですね?」

 

 これだけじゃ不安だ。

 

 「けっこう緊迫してたのでもしかしたら刃物とかで流血事件になってるかもしれません」

 

 緊急性が高まれば高まるほど警察は迅速に動いてくれるだろう。

 民事不介入でも刑事事件は警察の仕事だ。

 それに僕は「かもしれない」という「IFもしも」の話をしただけで嘘はついていない。

 恐喝は本当のことだし。


 「詳しい住所はわかりますか?」 

 

 僕はそのまますぐに受話器を置いた。

 スマホやっている人は一度も僕のほうを見なかった。

 それもそうか両耳にイヤホンをしながら映画を観てるんだから。

 僕はコインランドリーの裏の駐車場の様子が気になったけれどそのままコインランドリーから出た。

 やっぱりタイミング悪かったな。


 彼女だって僕にあんなところを見られたくなかっただろうし。

 僕はコインランドリーの前の信号を渡って銀行の裏にある駐車場に身を潜めた。

 日曜日だからほとんど車は停まっていない。

 僕は駐車場のコンクリートの壁に背中を預けしばらく待機する。


 コンランドリーの公衆電話って道の駅の公衆電話のように会話を聞かれやすいから「足」を呼ぶため置いてあるようなものか。

 使ってみてはじめて気づく。


 しばらくすると遠くからパトカーのサイレンが近づいてくるのがわかった。

 どんどんこの辺りに近づいてきている。

 もう、大丈夫だろう。


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