6月21日

第32話 6月21日 日曜日

 今日はぐっすりと眠れたな。

 白い封筒を入れていた犯人がわかったからだろう。

 夜更かしの疲れも取れたし、えっと……。

 

 僕は枕の横の目覚まし時計を見た。

 もう昼の十二時半、うわ~寝すぎた。

 でも最近いろいろあってぐっすりと眠れてなかったからたまにはいいか。

 

 ――ピンポン。と玄関のチャイムが鳴った。


 この時間に誰だろう?っていってももう昼過ぎだ。

 僕は土日の部屋着であるジャージ姿のままで玄関に向かう。

 えっ?! 

 ドアを開いて驚いた。


 ま、まさか昨日の今日とは? 玄関にいたのはうちのポストに白い封筒を入れていたあの”コンノ”という人だった。

 すこし待ってはわずか一日だった。


 だとしたら昨日の時点で言葉を濁さずあと一日だけ待ってほしいと言ってくれたらもうすこし信用したのに。


 「これみおからです」

 

 その人はポストに何かを入れて行くのではなく今度は直接、僕の家を訪ねてきた。

 そうれもそうか昨日の出来事があったのにまたポストにメッセージだけを入れて帰るなんてことをしたら僕がまた疑ってしまうから。

 

 「みお?」

 

 「はい。私の姪になります。さんずいに数字のれいみおと書きます。澪の父親は私の兄なのですが甲斐性なしのところがありまして。私は澪の叔母ということになります」

 

 僕はその澪という娘からのA四サイズを半分にしたくらいの茶封筒を預かった。

 でもそんなどこの誰かもわからない人の家族関係を説明されても……。

 僕には何の関係もないことだ。

 

 茶封筒を手にしたときすぐに違和感を覚えた、と同時にそれはいつもの白い封筒の手触りと同じだと思った。

 中を確認しなくてもわかる。


 小銭同士が封筒の中で擦れている感覚もある。

 この茶封筒の中にもお金が入っている。

 

 「その娘がどうしてこの封筒を?」

 

 「電話ボックスであなたに会ったと言っていました」

 

 「で、電話ボックス、です、か?」

 

 そ、それって、あ、あの娘しか、いない、よな? でもテレホンカードの借りであの娘が現金入りの封筒うちのポストに入れていたのならそれはあまりに金額が多すぎる。

 それにもうマウントレーニアのバニラモカで十分に借りは返してもらってるし。


 そもそも僕の家をどうやって知ったんだ? あっ、そっか、電話ボックスの前で僕自身が僕の家の屋根の色を教えたんだ。

 あの電話ボックスからなら屋根を目印にしてこの家を探せなくもない。

 そしてあのとき僕は一度、名前を名乗っている。

 というより生徒手帳を見られた。

 

 家のポストの表札を見れば「西川」という名字も確認できる。

 引き換えに僕は彼女のことをあまりに知らなさすぎた。

 名前どころか住んでいるところさえわからない。


 U町の公立高校の制服を着ていたからU町に住んでるんだろうくらいはわかる。

 それとLudeというデビュー前のアイドルが好きなことも知っている。

 

 「はい。私がどうして西川さんにこんなことをしていたのかそれは澪自身が話すと思います。それと西川さんにぜひ見てもらいたいものがあるそうです」

 

 「見せたいもの?」

 

 「はい。それもその封筒の中の便箋に書いてあるそうです。もちろん強制ではないのですがぜひ澪に会ってあげてくれませんか? よろしくお願いいたします」

 

 そこまで深刻なことなのだろうか?

 

 「……結局、今までのお金はなんだったんですか? しかもこの封筒の中にもお金が入ってますよね? それにうちの母さんに申しわけないってどういことですか?」

 

 「それも澪の口からきいてください。すみません」

 

 どうしてあの娘が僕の母さんのことを知ってるんだ?

 あっ?! 

 電話ボックスで僕が話している話の内容を聞いてたのか? いや、それはない、な。

 

 電話ボックスからあれだけ離れた距離にいたんだ。

 あの娘は歩道で石ころを蹴っていた。

 僕の電話ボックス内での声量だってふつうだ。

 しかもあのガラス張りの箱の中で話をしていたんだそんな声が外にもれるはずがない。


 それよりも彼女がぱったりと姿を見せなくなった理由がわからない。

 彼女にものすごく嫌われるようなことをした覚えもない。

 その”コンノ”という人はそのあとも何かを言っていたけれど、その言葉たちは僕の右耳から入ってすぐに左の耳からでていった。

 

 それは近いうちにまたあの娘に会えるという期待からなのかもしれない。

 「111」の約束はどうしよう? すでに”コンノ”という人は僕の家から遠ざかっている。

 僕は無意識に”コンノ”という人の後姿うしろすがたを見つめていた。 

 

 家に戻って便箋を開くとふたつ折りではあったたけれどやっぱりいつもの白い封筒が入っていた。

 中にはきっちりと三千五百二十円。

 

 でも昨日は土曜日だから本当なら今日はポストに投函されない日のはず。

 まあ、それに関しては今はどうでもいいか。

 封筒の中には”コンノ”という人が言っていたようにたしかにもう一枚便箋が入っていた。

 

 僕はそれを手にしながら家の壁をチラっと見る。

 便箋には何かのイベントのようにいくつかの日づけと時間、それにS町にある特定の場所が書いてあった。

 僕は便箋を手にしたまま壁に近づき油絵のような風景画の年間カレンダーを見た。

 

 便箋の中に書かれている日づけの多くは土曜日か日曜日だった。

 指定時間はだいたい僕ら一般の高校生の放課後の時間帯。

 便箋の最後には「山村澪」という署名もある。


 ”やまむらみお”、あの娘の名字”山村”っていうんだ。

 僕はカレンダーに指を這わせてその日づけの中から「6月21日 日曜日」を選んだ。

 

 それはつまり今日だ。

 これからその準備をしないと寝起きだからまず顔を洗いに洗面台にいく。

 四時近くまではまだゆとりはあるからあせらずに身支度をしよう。


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