第30話 6月19日 金曜日

 大納言に行くとあの女子三人組が今日も美味しそうに味噌バターチャーシュー麺を食べていた。

 彼女たちも常連さんまっしぐらだ。

 今日の電話でも菊池さんには白い封筒のことを言っていない。

 母さんの調子も良くて僕のアルバイトも通常通り。


 注文と食器洗いがひと段落したところで僕は休憩中の秋山さんを呼び止めた。

 もし仮に秋山さんが他人のポストに毎日お金を入れるとしたらどんな理由があるのかの参考にしたいと思う。

 僕には考えつかない新しい理由が聞けるかもしれない。


 「秋山さん、あの、ちょといいですか?」


 どう言えばいいのだろうか? 僕はアルバイト募集の貼り紙に視線を移し見切り発車したこと後悔した。

 いや、秋山さんだって突然こんなこと訊かれて困るだろう? あっ?! 

 あの白い封筒の中の金額って……。


 「拓海くんどうしたの?」


 「えっと、あの、その、大納言にまだアルバイトって必要なんですか?」


 「えっ?」


 「だってほら。あの貼り紙って壁から剥がされずにずっと貼ってあるじゃないですか」


 「たぶんずっと貼りっぱなしなんじゃない」


 「どうしてですか?」


 「人が足りないときにアルバイトの応募があれば採用できるし。足りてるときには足りてますって言えばいいわけだし。大将の気分しだいね。ただ貼り紙の『時給 高校生880円』と『時給 一般930円』の最低時給額が上がれば必然的に貼り替えだとは思うけどね」


 菊池さんの用があってもなくても公衆電話で連絡するという方法に似ていた。

 別の意味で感心した。


 「なるほど」


 う、上手く、ごまかせたかな? やっぱり上手く訊ける気がしない。

 あっ?! 

 ひゃ、百十円。

 僕はアルバイト募集の横にある「足」の中にその金額を見つけた。

 それはバスの時刻表と運賃表にあった。


 ある区間からある区間の運賃が百十円だ。

 町内のバス停の数で考えると四区間ぶん。

 K市に行くときも僕はバスの運賃表でそれを見ていたはずなのに今さらそれに気づくなんて。


 「拓海。今日、な」


 僕は大将に呼ばれた――今日、な。のあとにつづく言葉はこうだ。

 

 ――おまえの給料日。


 ほかの人はどうかわからないけれど僕は給料を月、二回に分けてもらっている。

 二回目の給料がもらえるのはその月の下旬くらいで僕は土日が休みだからだいたい金曜日にもらえる。


 僕が大納言の面接ですぐに採用になったのは詐欺被害のことと僕自身すこしでも稼ぎたいことをストレートに伝えたからだ。

 土日が反強制的に休みなのも母さんのために時間を使えという大将の気づかいからだ。


 

 賄いの豚キムチ炒飯を食べ終わったあと大将から大将手書きの「西川拓海様」と書かれた茶封筒を受けとる。


 「拓海、おつかれー」


 「ありがとうございます」


 見れば見るたびにうちのポストの中にある白い封筒に似ている。

 それに手触りもだ。

 この給料袋にも小銭が入っているのがわかる。


 白い封筒に最初入っていた金額は三千五百二十円……となると……。

 僕は頭の中で暗算をする。

 三千五百二十円が均等に割り切れる額でありながらかつアルバイトの最低時給額以上の金額……。


 ちょっと暗算じゃ厳しいな。

 レジの横にある計算機を使いたいけれど給料袋を手にしてすぐに計算をはじめるのも失礼だから。

 やっぱりそれは控えたい。

 えっと、三千円を割ってっと。

 なんとか頭の中だけで暗算を終える。

 時給換算で一時間が八百八十円。


 大納言に貼ってあるアルバイト募集の金額にも『時給 高校生880円』がある。

 あの白い封筒に入っているお金って誰かが四時間ぶん働いた金額なんじゃないか? 仮に五時間働いた「5」で割ると、えーと、七百いくら、それだと最低時給を下回る。


 三千五百二十円はやっぱりアルバイトで稼げる金額に近い気がした。

 となると多くの詐欺グループがいる都会の人間がわざわざこの化石の町にある僕の家まできてあの白い封筒を入れていくことはない。


 でも、代理で投函しているという可能性は捨てきれない、か。

 その人物はネットで集めたアルバイトということだって考えられる。

 そこで疑問なのがどうして僕の家なのか? やっぱり母さんからの搾取に成功した内容や名簿が出回ってるから、か?


 同じ詐欺被害者が何度も狙われるのはそういう理由だ。

 詐欺グループにとっての常連さんみたいなものだ。

 こっちが望んだわけじゃないのに得意先になってしまう。


 それでもだ。

 やっぱり詐欺ならあの封筒の中の金額はおかしい。

 アルバイトを雇っているとしたらなおさらおかしい。

 

 すくなかった日の金額の差額もだけれど。

 ちょうどバスで四区間ぶんの運賃、あるいは二区間の往復ぶん? 


 とりあえず誰がうちのポストにあの白い封筒を入れているのかを寝ないで確認しないと。

 今まで何度も心の中でそうしようと思っていたけどどこかでそれを避けていた気がする。


 でも、やるしかない。

 白い封筒を入れる行為がアルバイトのように土日休みだとしたら……”金曜日ぶんのお金を入れる”のは今日の夜からをまたいだ明日の朝にかけてだ。

 今日を逃せば週を越えるから月曜日からをまたいだ火曜日になってしまう。


 十七歳でも月曜に徹夜をして学校に行くのはさすがに大変だ。

 まるまる一週間に支障が出てしまうかもしれない。

 今日なら明日どようは学校もアルバイトも休みだから大丈夫。

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