第23話 6月13日 土曜日④

 僕は母さんとの面会を一方的に終えまた一階におりた。

 総合受付で右腕のテープを剥がしてもらっていると玄関脇に菊池さんがいるのが見えた。

 僕はそのまま菊池さんのところへと向かう。


 「今何時ですか?」

 

 菊池さんはスマホの電源を入れる。

 

 「十一時五分だね」

 

 「わかりました」

 

 僕は病院前のバス停にある時刻表に視線を移す。

 

 「じゃあ十一時十二分発のバスで帰ります」

 

 「そうかい。バスの時間をずらして昼食おひるでも一緒にどうだい?」

 

 「あっ、すみません。ちょっと用事があって早く帰らないといけないので」

 

 「そう、ならしょうがないね。高校生だもんね?」

 

 正直、今の僕には考えることがあって飲み物以外は受けつけなさそうだ。

 でも菊池さんには言えない。

 何か別の話題でも探さないと。

 

 「はい。すみません。あの、僕が電話ボックスからかけたときスマホには電話番号ってどうでるんですか?」

 

 「ああ、これかい。ほら」

 

 菊池さんが持っているスマホの着信履歴はいくつかの電話番号以外、たくさんの【公衆電話】で埋め尽くされていた。

 僕が毎日毎日電話してきた歴史。

 ではなく履歴、だから着信履歴と呼ぶんだ。

 母さんが壊れてからの日数だけ僕はこのスマホに電話してきた。

 

 「公衆電話からの着信履歴はそのまま公衆電話ってでるんですね?」

 

 「そうだよ」

 

 「ふと思ったんですけどスマホから公衆電話にかけることもできるんですか?」

 

 「公衆電話それぞれの固体番号を知っていればね」

 

 「そうなんですか。それはどうやって調べるんですか?」

 

 「今はわからないようになってるんだ」

 

 「そうですか……」

 

 「うん。でも番号さえ変わってなければ僕はいろんな公衆電話の番号を知ってるよ」

 

 「どうして菊池さんが?」

 

 「看板屋をやっていたとき町のいろんな仕事を請け負ってたからね」

 

 「それはどういうことですか?」

 

 「役場の人とのやりとりはもっぱら公衆電話だったわけさ」

 

 「じゃあ菊池さんが働ているときに役場の人が菊池さんの近くにある公衆電話に電話をかけてきたってことですか?」

 

 「そうそう。用事があってもなくても時間を決めておいてけかるんだ。用事あれば伝えるし。なければなしで終わり。僕のほうからも外回りの職員に電話をかけることもあったな。そのときに各電話ボックスの電話番号を知ったんだ」

 

 どっちにも使えるんだ。

 

 「なるほど。むかしは携帯電話なんてないですからね?」

 

 「うん、そうさ。今は便利になったもんだよ。ただ、その便利さも考えものかもしれないけどね」

 

 「……かもしれませんね」

 

 僕は十一時十二分にやってきたバスに乗り込んで整理券をとった。

 席に座ってから手を振る菊池さんに手を振り返す。

 ボディバッグからもうぬるくなってしまったミルクティーをとってそれを飲みながら流れる景色をながめた。


 感傷に浸るっていうのはこういうことなのかも。

 変わっていく景色が時間はもう戻らないことを気づかせてくれた。

 ペットボトルにふたをし座席の前の網に入れる。

 

 軽く目をつむって頭を休めることにした。

 まったく別の思いが湧き上がってきた「111」に電話をかけるのはやっぱり約束じゃないのかな? そこから考えが脱線する。


 学校の【コンピュータ室】のパソコンにならフリーのゲームソフトもインストールできるしいろんなサイトもブックマークし放題だ。

 吹奏楽部の定期演奏会はまだはじまってないか? 適度にバスが停車して人が乗り降りする。

 それを繰り返すこと十カ所以上。


 僕はしばらくしてフロントガラスの電光掲示板を見た。

 もうすこしでS町に着く。

 そこでまたミルクティーに口をつけた。


 同じ乳飲料繋がりでマウントレーニアのバニラモカが頭に浮かんできた。

 到着予定時刻の十二時十分、S町の道の駅のバス停で降りる。

 帰り道も電話ボックスに寄ってみる。

 

 どのみち今日は土曜日だ。

 昼なのに寂れた廃駅があるだけであたりには誰もいない。

 僕は「117」に電話して現在の時刻を確かめることにした。


 ――ピッ、ピッ、ピッ、ピッー!! 午後零時。十。五分。三十。七。秒。を。お知らせします。


 今は十二時十五分か。

 テレホンカードの残りは「5」になっていた。

 公衆電話が押し出したテレホンカードを勢いよく受けとる。

 

 そのスピード感のままで家まで向かう。

 気持ちちょっと速足になってた気がする。

 家についてポストを開けると相変わらず白い封筒がふたつ重なっている。

 菊池さんにいった用事はそんな大それたことではなくただポストの中を確認すること。

 ただの口実だ。


 大納言のアルバイトも休みだし今日はあと半日も残っている。

 ――ただいま。

 僕は家に入って燃えるごみや雑紙なんかをまとめる作業をした。

 でも、十分とかからずに終わってしまった。

 

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