第21話 6月13日 土曜日②
身支度を終えて家を出た。
もう一度確認のためにポストを開いてみたけれどやっぱり二通の白い封筒がある。
あと一日だけ様子を見てみよう。
間違いならポストの中に伝言のメモを残していくこともあるかもしれないし。
警察が「押し貸し」という、お金を勝手に振り込んで元本と利子の返済を迫るような詐欺があるって言ってたっけ? 今度はそういたぐいの詐欺なのかもしれない。
騙された人の名簿っていうのはコピーされてさらに売買されるらしい。
母さんに届いたはがきには「個別指定番号」という番号が振られていた、そういう数字で詐欺グループはターゲットの管理をしてるらしい。
詐欺グループは電話口でその「個別指定番号」を訊きだし、どこの誰が電話してきたのかを知る。
正直今、母さんが家に不在で病院で守られていると思うだけでホッとする。
またこのわけのわからない「押し貸し」のようなものに巻き込まれなくてすむ。
僕はボディバッグを体の前に持ってきて外側のポケットに家の鍵を入れた。
そのままバッグを回転させて斜め掛けにする。
家を出てから数分で廃駅の前の電話ボックスに着いた。
菊池さんに今から病院に向かう旨を伝える。
テレホンカードの残りは「6」だ。
電話ボックスを出て一般住宅の集まる区画を抜けた。
ちょうどそのとき車道を大きなトラックが走っていった。
僕が進んでいる道路と反対の道をずーっと行けばやがて十字路の交差点に辿り着きその右手はガソリンスタンド。
逆にそこで左に曲って百メートルほど進みまたそこで左折し八百メートルほど進めば僕の通う高校に着く。
僕が今向かっているのはバス停が併設した道の駅だ。
ちょうどあの娘が電話ボックスの帰りに通っていたルートと同じ。
道の駅に併設している大型スーパーが見えてきた。
駐車場にはたくさんの車が停まっている。
道の駅にも裏口と表口があって僕が今きた道なら裏口から入ると遠回りしなくていい。
母さんが入院しているK市の総合病院はここから三十キロさきにある。
僕がそこにいく手段はおもにふたつでバスかタクシー。
当然タクシーなんて使えない。
そうなると選択肢はバス一択ということになる。
道の駅の裏口から入るとトイレはすぐだ。
左側には緑の公衆電話があって通路の斜め向かいがバスの待合所。
公衆電話の前はやっぱり観光客やトイレにいく人でいっぱいだった。
ここじゃ電話はできないな。
電話機の横にタクシー会社のチラシが貼ってある。
初乗り「580円」だそうだ。
このチラシを見ながらここの公衆電話でタクシーを呼べるなんて至れり尽くせりだ。
でも、やっぱり僕にはタクシー移動は無理だと実感しながら道の駅のフロントカウンターに向かう。
ここにも今じゃS町の特産品になっている化石関連のグッズがたくさんある。
フロントカウンターでK市に行くためのバスの往復券を買う。
ここで前払いのバス券を買っておけば降車時に現金を出さなくていいから楽だ。
乗車距離によって変化していく小銭を用意するのは一苦労だし、ましてやあの運転手の横にある両替機を使う勇気もない。
あれっ? あの白い封筒にも小銭が入ってた……ふうつなら……。
この場合ふつうというのも変だけれど。
あんな中途半端に小銭を混ぜる意味があるんだろうか? 僕の家を「押し貸し」で騙すにしたって札だけ入れるほうが取り立ては楽だろう。
僕はフロントカウンターからバスの待合室に戻りいったん表口から道の駅の外に出た。
「赤」がトレードマークの有名飲料メーカーの自動販売機でペットボトルのミルクティーを買う。
バスの時間があるからさすがにコンビニまではいけない。
道の駅と併設した大型スーパーは現金かスーパー独自のオリジナル電子マネーしか使えないから僕には不向きだ。
この自動販売機はあのコンビニと同じ電子マネーが使える。
財布をかざすだけでピッと鳴ってペットボトルが、がしゃんだ。
ペットボトルをボディバッグに入れて待合室でバスがくるまで待つ。
今までこんなに待ち時間があるとスマホで暇つぶしをしていたはずだ。
あいにく今の僕にはそれはないから待合室の壁に貼ってある化石関連のポスターやバスの運賃表を見て回る。
町内をバスで一区間移動すると「110円」か、なるほどね。
それにうちの高校の吹奏楽部の定期演奏会のチラシもあった。
定期演奏会って今日なんだ? 水木先生も休日出勤か、大変だな。
おっ、指名手配犯の顔写真もある。
こういう写真ってわざと悪そうな画像にしてるんだろうか? 詐欺師グループのトップはそう簡単に顔をさらすことはない。
もしかすると警察だって詐欺グループ上層部の顔は知らないのかもしれない。
待合室の時計を見てそろそろかな?と、頃合いを見計らい待合室の外に出た。
バス停の前ですでに並んでいる人の列に加わる。
しばらくするとラッピングバスがやってきた。
U町から僕の住むS町、それにM町からK市までの直線ルートを通るバスは各市町村の企業広告を車体に載せている。
僕は数字が印刷されている整理券をとってうしろから二列目の窓側の席に座った。
ボディバッグからミルクティーをとって座席の前の網に入れる。
病院に着くまで約二十カ所のバス停に止まるから到着までは約一時間。
もちろん町中だとバス停からバス停の間隔は短い。
反対に町の外ならバス停からバス停までの間隔は長くなる。
ひとつありがたいことに今、僕が乗っているバスは病院の前で停まってくれる。
それだけみんなK市の総合病院に行くのにこのバスを利用している。
フロントガラスの左側の電光掲示板に僕の整理券と同じ番号があってバスの走行距離とともに運賃が変化していく。
しばらく乗り物にも乗ってなかったなーと思いながら、移り変わっていく景色をながめた。
今この時点でバスはもう五カ所のバス停を通過し、すでにS町の外を走っていた。
バスに揺られてすこし冷静になったところであらためて考えてみる。
仮のあの現金の入った白い封筒が詐欺だとして僕が使ってしまった場合は誰かが取り立てにくるはずだ。
使わなくても高額な利子だけ取りにくるかもしれない。
ただ白い封筒に入っていたお金は二日で七千四十円。
果たしてそんな危険を冒してまで七千四十円プラスαをこの「化石の町」に取り立てにくるだろうか? 家にくるのはたいてい「受け子」と呼ばれる詐欺グループの下っ端だ。
トカゲでいうなら”尻尾”。
その多くはネットの高額報酬に釣られた一般人。
七千四十円なら僕がアルバイトをしても三日か四日で稼げてしまう。
そんな危険を冒すかな? これが何十万円とかならわかるけど……? やっぱり利子がものすごく高いとか? 僕は途中途中でミルクティーをちびちび飲みながら人の乗り降りを見て考えごとをするを繰り返した。
時間を忘れあれこれ考えているともう病院の前だった。
僕は運転席の左側の運賃箱に片道ぶんバスの往復券と整理券を入れバスから降りた。
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