第19話 6月12日 金曜日
昨日の寝つきはあまりよくなかったからすこし眠たい。
僕は郵便配達員がこない登校前の朝でも警戒のためなのか、ついついポストを開いてしまう。
ポストを開いて何もないのを確認しすぐにポストを閉めるだけのルーティーンだ。
そういう防御反応なのかもしれない。
「開く」「ない」「閉める」これがひとセットの流れ作業。
ところが今日にかぎってポストの中に見慣れない白い封筒が入っていた。
僕はすぐに「ない」と口に出しながら銀色のヨーロピアンのふたをぱたんと閉めた。
習慣とは怖ろしい。
ポストの中に白い封筒があったのに僕は完全にポストのふたを締めきってしまっていた。
昨日、学校から帰ってきたときはふつうのDMが投函されていたけどアルバイトが終わったあとに僕が家の中でビリビリに破いて燃えるごみの袋に放り込んだから本来このポストは空っぽのはずだ。
ということはこの白い封筒は昨日、僕がアルバイトから帰ってきてから今朝までに
間違ってうちのポストに入れたという可能性もあるかもしれない。
僕はまたポストのふたを開いて中の白い封筒を手にとり親指と人差し指で封筒を挟んで封筒の厚みを確かめてみた。
何も入っていないような薄さだ。
僕の指が封筒の下に下がっていくにつれ何か重たいものが入っているとわかる。
封筒の底でカサカサと何かが動いていた。
だからといってそれは生き物ではない。
僕が封筒を傾けるとそれに合わせて寄ってくるからだ。
自分の意思で動いているわけではなく重力の影響で移動している。
封筒の上からその物体に触れてみるとすこし厚みがあって硬かった。
最近じゃあまり触らなくなったけれど、それがなんなのすぐにわかった。
小銭、硬貨だ。
ということはこの封筒にはお金が入ってるのか?
硬貨も一種類というわけじゃなく数種類は入ってるようだ。
僕は封筒の口を折り返しただけで封もされていない封筒を開いて中を確認する。
のぞいたそばからお札の端が見えた。
やっぱりお金だ。
いったいいくら入っているんだろう? 千円札、千円札が三枚、あとは小銭……えっと百円硬貨が五枚と十円硬貨が二枚。
合計、三千五百二十円。
本物なのだろうか?
封筒を開けてしまったあとにすこし後悔する。
間違いでうちのポストに入れていった場合、僕はそれを盗み見してしまったことになる。
自分の家のポストなのに僕はその白い封筒をまたポストに戻した。
近所の誰かがお金を返すのに間違ってうちにポストに入れてしまったってこともあるかもしれない。
気にはなるけれど学校には行かないと。
僕はうしろ髪を引かれる思いで学校に向かった。
校内にいるときもやっぱり朝見た白い封筒のことが気になった。
帰宅してあの白い封筒がなかったらなかったで心配だし、そのまま残っていても心配だ。
どのみち心配。
もう金銭のゴタゴタは嫌だ。
昨日せっかく悩みがひとつ減ったというのに、今日になってまたすぐにこれだ。
人にはひとつ悩みが解決したらひとつ増えるよう悩みの総数が決まっているのかもしれない。
帰りのホームルームと教室の掃除を終えて僕はまた電話ボックスに向かう。
気分転換で今日はコンビニの前の十字路を右折した。
そして道の駅のところにある押しボタン式の信号を左に曲がる。
道の駅自体は素通りして併設しているスーパーの横を進む。
辺りは一般住宅だけになってきて、そこからは家の数も減ってくる。
僕の横の車道もときどき車が通って行くくらいだ。
閑散とした中に、あの廃駅の前にある電話ボックスが見えてきた。
電話をするのは同じだけれど、いつものルートを逆に進んでようやく電話ボックスに着いた。
誰もいない電話ボックス……か。
僕はここに着く手前から
そのまま癖のある電話ボックスのドアを開いて中に入る。
事務作業にように菊池さんに電話をかける。
菊池さんはいつものように電話にでた。
ひとことふたことを話す、母さんは安定していたようで良かった。
僕は受話器を手にしたままガラスケースの中から辺りを見回した。
一台の車が通り過ぎたあとはやっぱり廃駅があるだけで静かだ。
それもそうか、ここはもともと賑やかさとは無縁の場所なんだから。
電車が走っていたころはそこの駅も人で溢れてたんだろう。
僕は菊池さんとの電話を終えた。
静まり返った電話ボックスに機械音が響く。
公衆電話にもう用はないと言われたようにテレホンカードが電話機からサーっと押し出されてきた。
テレホンカードの残りパワーは「7」。
家に戻っておそるおそるポストを開いてみる。
日中に投函されたチェーン店のピザ屋のチラシとともにやっぱりお金の入った白い封筒があった。
誰もこの白い封筒をとりにきてないってことだ。
それでももう一日くらい
悩んでいてもアルバイトはある、家に入って着替えないと。
むしろ体を動かしているほうが何も考えなくていいかもしれない。
家の鍵を開き―ただいま。を言って家に入る。
当然、誰からの返事もない。
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